短期議会

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短期議会(たんきぎかい、Short Parliament)は、1640年4月13日に、イングランドチャールズ1世が召集した議会。5月5日までのわずか3週間で解散された。

概要[編集]

1629年、チャールズ1世は国王大権を盾に権利の請願を事実上廃止し、抗議する議会を解散した。その後、チャールズは親政を行うこととなる。

1639年、チャールズがイングランド国教会の形式にもとづく祈祷書スコットランドに強制したことで、スコットランドは反乱を起こす(第一次主教戦争)。これを鎮圧するためイングランド側は軍を集め、スコットランド盟約軍と対峙したが、分が悪いと見た国王軍は和平を申し入れ、戦うことなく戦争は終結した。しかし、その後も宗教問題に端を発する対立は解消されず、チャールズは実力行使を検討する。この時の戦費と合わせて、既に財政は限界に達しており、新たな戦費が欲しいチャールズは11年間続いた親政を止め、議会を召集した(1640年4月13日)。これを短期議会と呼ぶ。

しかし、チャールズの専制政治を停止させようとする議会側と、戦費のための補助金が欲しい国王側の対立は深刻なものとなっていた。祈祷書を強制された側であるスコットランドへの同情もあり、会議は決裂、議会はわずか3週間で解散した(5月5日)。

その後、戦費を得られなかったチャールズはアイルランド議会の協力を得て軍を集めることとなったが、寡兵に過ぎなかった。また、その動きを察知した盟約軍はすぐに動いて両軍は激突し、盟約軍が圧勝した(8月28日、第二次主教戦争、ニューバーンの戦い)。

そしてこの戦争の賠償金のために、同年11月に再び議会が召集されることとなる(1653年まで続いたので、これを長期議会と呼ぶ)。

関連項目[編集]