矢郷良明
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矢郷良明(やごうよしあき、1967年7月22日 - )は、富山県の格闘技・フィットネスジム、キックボクシングジム「タイガーピットジム」の代表兼男子フリープロレスラー。カリフォルニア州アナハイム射水市出身。身長187cm、体重100kg。血液型AB型。本名は同じ。
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[編集] 経歴
- プロレスデビューは小笠原和彦戦にて。
- 千葉県のプロレス団体KAIENTAI-DOJOにクワトロバジーナの名で参戦。その後、新リーグ「RAVE」のコミッショナーを務め、DJニラの珍ユニットであるデビルジョーカーオペレーションに所属していた。解散後は296らの誘いに乗り勤王党に加入、ハードヒットスタイルでファイトする。
- 5月にフィラデルフィアのチカラプロにてアメリカデビュー。MIYAWAKIと共にトーナメント戦を戦い、そのハードなファイトスタイルは初登場でアメリカの観客の絶大な支持を得た。
- 旧ECWアリーナにも出場し、いきなり現地のハードコアレスリングの新しいカリスマ、ネクロブッチャーにドラゴンスープレックスで勝利するという快挙を成し遂げる。その後も現地でタイトルに挑戦するなどした。
- 9月23日にDDTにてアイムチョーノ・サンシロー・タカギとテンザンKUDOとの極悪ヒールユニット「TEAM2サウザンアイランド」を結成した。この頃は入場時にスコット・ホールのように爪楊枝を咥えていた。
- 9月24日に勤王党を離脱した。
- 11月15日のTEAM2サウザンアイランド解散を期に、DDTの様々なユニットに加入したが所属したユニットが全て解散(または休止)し本人は富山へ帰されてしまうという恐怖のレスラーへと変貌した。
- 12月29日にDDTの興行で履歴書片手にDDTに入団しようと目論むが団体を解散させられることを恐れた高木と柿本によって後楽園ホールのロッカーに封印され、消息不明に。
- 1月28日にDDTの興行で約1ヵ月ぶりに後楽園ホールのロッカーから開放されるがかなり衰弱していた。
- 2月25日に高木とのDDT入団を賭けたハードコアロッカールームデスマッチ(リングにロッカーを置いたシングル戦)で対決。敗北し入団を阻止されたが高木によってDDT第五のブランド「YAGOプロレス」を旗揚げすることになった。(3月20日のDDTオールナイト興行終了後に旗揚げ戦、結局全試合終了後に解散した)
- 7月にKOOが保持するKO-D無差別級選手権挑戦者決定リーグに出場、最終戦で男色ディーノに敗れ挑戦を逃す。
- 8月5日に高木と組み中澤マイケル・松永智充組が保持するCMLL認定KO-Dタッグ王座にハードコアロッカールーム棺桶デスマッチで対戦。またもやロッカー埋葬されて敗れ、富山へ宅急便で送り返された。
- その後KAIENTAI-DOJO 、VKFなどを主戦場にし、地元富山では全日本プロレス、ドラゴンゲートにも参戦する。
- ベルトキラーとしてDDTに復活。マッスル坂井との抗争で坂井の私物チャンピオンベルトを奪取。
- その他、プロレス各団体に参戦しながら、富山のアート雑誌にエッセイを執筆したり、パンク音楽雑誌DOLL 7月号にプロレスラーとしては初のインタビューが掲載される。
- 11月にKAIENTAI-DOJO3 super bestにKAZMA選手の入場曲フィンディシュテラーを提供。
- インテリジェント・キラー矢郷良明として8.23DDT両国国技館大会に向けてROAD TO THE 両国を始めるが、リングに上がる前に入場を阻止されるなど、試合をしないレスラーに。
- それをきっかけに、DDTに文才溢れる秀逸な怪文書を何度も送りつけた。
- その怪文書で「かって、赤い彗星と呼ばれた」という過去をはじめてカミングアウトした。
- 4月5日の後楽園ホールではロッカーに閉じ込められるもプロレスリング・ノアの田上選手に偶然、救出され、メインイベントでDDT無差別級KO-Dタイトルへの「いつでも挑戦権」を奪取した。
- 3月22日Tokyo No1 Soul Set,Zoot16の渡辺俊美がゲストのイベントで10年ぶりにライブ復活。ヴォーカルとギターを担当し、そのギターの上手さにプロのバックミュージシャンとして誘われる。
- その後、ラジオ番組のゲストとして生出演した際にTHE BEATLESのWhile My Gutar Gently Weepsをアコースティックギターを生で弾いて歌い、その実力を知らしめた。
- 4月2日よりラジオ番組もスタート。FMいみず79.3Mhzで毎週木曜19時から20時までの1時間生放送の「矢郷良明 RADIO アグレッシヴ」のDJに。
[編集] 得意技
- アウトサイダーズ・エッジ
- デスペナルティ
- 相手の喉下に肘を落としてのリバースDDT、本当はMIYAWAKIの必殺技。
- 殺人コブラツイスト(コブラツイスト・フロム・ヘル)
- DDTが6月10日に富山県で興行を行い、その際に披露した新必殺技。
- 普通のコブラツイストだが相手が失神するほどの威力を持つ。
- 一時期殺人コブラツイストの出しすぎで自分に触れた者に条件反射で殺人コブラツイストをするようになった。
- 海外ではホミサイドコブラツイストと呼ばれる。
- ソーラレイ(ドラゴン・スープレックス)
- ナイチンゲイル
- ノーザンライト・スープレックスからダブルリスト・アームサルトに変形するスープレックス。
- スリーハンドル・ファミリー・グラダンザ(スナップ・スープレックス)
- ロッカー・ドロッパー
- 変形のギロチン式エース・クラッシャー
- ドロップ・デッド・トワイス
- ハートパンチ
- 空手仕込みの正拳突き。
[編集] 入場テーマ曲
- 「GUN CONTROL」(YOSHIAKI YAGO)※キングレコード「KAIENTAI DOJO 2」に収録
- 「Break on through」(The Doors) - チカラプロでのネクロ戦で使用。
[編集] テレビ出演
[編集] 特記
- 音楽が趣味でベースを弾く。プロレス参戦時の入場テーマ曲は自身の作曲でありこれでメジャーデビューを果たした。他にKAZMAの曲なども作曲した。
- 他にボクシングやレスリングの経験を持っている。空手では実戦空手全日本チャンピオン、北米選手権入賞などの実績を持ち、現在空手道5段、富山県で武道空手 矢郷道場を主宰している。
- 主食はささみの燻製と小岩井ミルクコーヒーである。
- 好きな特撮ヒーローはライダーマン。スペクトルマンなどのマニアックなヒーローも愛している。
- 本人曰く本名は「クワトロバジーナ」である。
- 富山の情報誌「TJ」にてコラムを連載していた。
- 刺青が趣味なだけに首から胸、腕に至るまでの刺青がある。
- DDTではやたらとハードコアマッチをさせられるが本人は以前死神と矢口壹琅と対戦した際、火を吹き掛けられたり、椅子で叩かれて20針を縫ったり、その数日後にシャーク土屋とタッグ戦を組まされ、散々な目にあったりしたのが原因で大の苦手である。
- 国の難病指定である特定医療疾患の潰瘍性大腸炎であることをカミングアウトしている。

