矢内理絵子
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| 矢内理絵子 女流四段 | |
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| 名前 | 矢内理絵子 |
| 生年月日 | 1980年1月10日(32歳) |
| プロ入り年月日 | 1993年4月1日(13歳) |
| 棋士番号 | 16 (旧32) |
| 出身地 | 埼玉県行田市 |
| 師匠 | 関根茂九段 |
| 段位 | 女流四段 |
| 戦績 | |
| タイトル獲得合計 | 6期 女王2期 女流名人3期 女流王位1期 |
| 一般棋戦優勝回数 | 2回 |
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この表について
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矢内 理絵子(やうち りえこ、1980年1月10日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。埼玉県行田市出身。身長165cm。血液型O型。 関根茂九段門下。女流棋士番号16(旧32)。本庄東高等学校卒。
日本将棋連盟棋士会副会長(2009年4月 - )。
目次 |
[編集] 人物
- 愛称は「やっぴぃ」「やうたん」。また、自身は応援ページのBBSで、「りえりえ」のハンドルネームを名乗ったことがある。
- 石橋幸緒、千葉涼子と共に、同世代の実力者グループを形成し、「花の80年生まれ・若手3羽ガラス」と呼ばれる。特に、千葉とは奨励会で同じ道を目指していたライバルであり友人でもある。
- かつては、清水市代・中井広恵の2強に阻まれタイトルを取れないことも多かったが、2006年に7年4ヶ月ぶりにタイトル(女流名人位)を獲得し、2008年には女王も獲得して二冠になるなど、ベテラン世代の牙城を崩している。
- 華のある女流棋士の一人として、テレビや解説の聞き手などの仕事を多く持つ。
- 10代の頃、奨励会の対局で大逆転負けを喫した際、悔しさのあまり、自分の腕時計をトイレの床に投げつけたという逸話がある。同じく奨励会員であった千葉涼子(当時、碓井涼子)はその現場に居合わせていたが、矢内に注意して口論になったという[1]。
- 趣味は、映画鑑賞(アクションもの)、ドライブ、吹き矢。
- 座右の銘は「戦いは最後の5分間にある」(ナポレオン・ボナパルトの言葉)。
- 2007年の女流棋士新法人(LPSA = 日本女子プロ将棋協会)の設立(女流棋士会の分裂)に際しては設立準備委員を務め、積極的に発言・活動していたが、同年4月に突然、準備委員の辞任が発表され、日本将棋連盟に残留した。その経緯については明らかにされておらず、謎のままである。
- タイトル戦で常に和服(振袖・袴)を着用する(男性棋士はタイトル戦での和服着用が慣例化しているが、女流棋士の場合はそうではない)。
- 好物は納豆。
- 左利きだが、対局は右手を使っている。
[編集] 棋風
- 対振り飛車戦においては、左美濃から米長玉の銀冠(通称、串カツ囲い)に組み替える戦法を多く採用しており、有力な戦法の一つとされる居飛車穴熊は(本人の好みに合わないためか)長らく採用してこなかったが、最近になって指し始めた。また、対振り飛車戦(特に対四間飛車戦)では、後手振り飛車に対し4六歩、先手振り飛車に対し6四歩を突いて行く構想を見せる将棋が多いのも特徴的である。
[編集] 略歴
- 1990年 女流育成会に入会。
- 1993年4月1日 女流2級に昇段、女流プロとなる。
- 1993年8月 奨励会の入会試験に合格、6級で入会。同期入会は碓井涼子(現姓・千葉)。
- 1995年4月1日 女流1級。
- 1995年7月10日 女流初段。
- 1995年10月 第6期女流王位戦でタイトル戦初登場。清水市代に挑戦するが、0-3で敗れる。
- 1997年4月1日 女流二段。
- 1997年10月27日 第8期女流王位戦で清水市代を相手に3-2のフルセットを制し、初タイトル獲得。タイトル1期獲得により女流三段に昇段。
- 1998年10月 第9期女流王位戦で清水市代を挑戦者として迎えるも、1-3で敗れ防衛ならず。
- 1998年11月 レディースオープントーナメント'98優勝。
- 1999年8月 奨励会2級。
- 1999年11月 第7期倉敷藤花戦で清水市代に挑むも、0-2で敗れ獲得ならず。
- 2000年11月 第8期倉敷藤花戦で清水市代に挑むも、再び0-2で敗れ獲得ならず(清水はこのタイトル7連覇)。
- 2001年1月 奨励会を2級で退会。
- 2001年6月 第23期女流王将戦で清水市代に挑むも、1-3で敗れ獲得ならず。
- 2002年4月~2006年3月 NHK衛星第2テレビ「囲碁・将棋ジャーナル」の司会として出演。
- 2002年11月 第10期倉敷藤花戦で中井広恵に挑むも、0-2で敗れ獲得ならず。
- 2004年8月3日 この日の対局で女流三段に昇段後120勝を挙げ、女流四段に昇段。
- 2004年9月 王位戦で男性棋士相手に2回勝ち3回戦に進出。
- 2004年10月 第15期女流王位戦で清水市代に挑むも、0-3のストレートで敗れ獲得ならず。
- 2005年11月 第13期倉敷藤花戦で清水市代に挑むも、0-2のストレートで敗れ獲得ならず。
- 2006年2月 第32期女流名人位戦で清水市代に挑み、3-0のストレートでタイトル獲得。1998年の女流王位失冠から約8年ぶり、2期目のタイトル獲得であった。この棋戦で女流四冠すべて(当時)に挑戦した史上4人目の女流棋士となると共に、女流棋士の頂点に立った。
- 2007年2月 さいたま輝き荻野吟子賞個人賞を受賞。
- 2007年2月22日 レディースオープントーナメント2006優勝。
- 2007年3月26日 第33期女流名人位戦で中井広恵の挑戦を3-2で退ける。タイトルを防衛したのは自身初。
- 2008年2月20日 第34期女流名人位戦で斎田晴子の挑戦を3-0で退け、3連覇。
- 2008年5月14日 第1期マイナビ女子オープンで甲斐智美を3-1で降し、初代女王の座に就くとともに自身初の二冠となる(女流五冠すべてのタイトル戦に登場した初めてかつ唯一の女流棋士となる)。
- 2008年6月 第30期女流王将戦で清水市代に挑戦するも、1-3で敗れ、自身初の三冠はならず。
- 2009年3月 第35期女流名人位戦で清水市代に2-3で敗れ、4連覇ならず。
- 2009年4月~ NHK杯テレビ将棋トーナメントで司会・聞き手を務める。
- 2009年7月15日 第2期マイナビ女子オープンで岩根忍を3-0のストレートで退け、防衛。
- 2010年4月19日 第3期マイナビ女子オープンで甲斐智美に0-3のストレートで敗れ、4年ぶりに無冠となる。
[編集] タイトル履歴
- 登場回数 17回 獲得合計 6期
(タイトルをあと1期獲得すれば、タイトル7期の規定により女流五段昇段が決まる)
[編集] 棋戦優勝履歴
- レディースオープントーナメント 2回 (第12回・第20回)
優勝合計2回
[編集] 将棋大賞
- 第33回(2005年度) - 最優秀女流棋士賞
- 第34回(2006年度) - 最優秀女流棋士賞
- 第35回(2007年度) - 女流棋士賞
[編集] その他表彰
[編集] 出演等
- NHK杯テレビ将棋トーナメント 司会 2009年-
- 宇宙一せまい授業! - インターネットTV 2009年
[編集] 著書
- 『矢内理絵子の振り飛車破り』(毎日コミュニケーションズ)ISBN 978-4839931360
- 『女脳 ひらめきと勝負強さの秘密』(茂木健一郎との共著、講談社) ISBN 978-4-06-215488-8
[編集] 脚注
- ^ 別冊宝島440『将棋「これも一局」読本』
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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