矜羯羅童子

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矜羯羅童子[1](こんがらどうじ; 梵語:Kiṃkara[2])は、不動明王の従者八大童子の第7番目である。

概要[編集]

運慶作 高野山

不動三尊の一人であり、制多迦童子(Ceṭaka)と共に不動明王の脇士を務める。通常は不動明王の左(向かって右)に配置される。

矜羯羅」とは、サンスクリットで疑問詞の矜(kim)と、「作為」の意味である羯羅(kara)を合わせたもので、直訳すれば「何をするべきかを問い、その命令の通りに動く」という意味であり、奴隷や従者を指す普通名詞であるが、矜羯羅童子の場合は主人に隷属するというよりは仏法に対して恭順であるさまを表す。十五歳ほどの童子の姿をしている。

作例:

  • 京都青蓮院の不動明王図「青不動」
  • 高野山明王院の不動明王図「赤不動」
  • 高野山金剛峰寺の不動八大童子像 (の1躯。左写真)


関連項目[編集]


参考文献[編集]

  1. ^ 村上重良 『日本宗教事典』、1988年ISBN 1-06-158837-0,p.246
  2. ^ 新潮社 『新潮世界美術事典』 新潮社、1985年ISBN 4-10-730206-7p.1266, 「不動明王」の項