眼鏡フェティシズム

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SuicideGirl mit Nerdbrille.jpg

眼鏡フェティシズム(めがねフェティシズム)とは、眼鏡をかけた異性に性的興奮を覚えるというフェティシズム的服装倒錯症に分類される性的倒錯である。

概要[編集]

異性愛者もしくは同性愛者が眼鏡をかけた性的パートナーに対して、眼鏡をかけたままの性行為などを強要する場合、この性的倒錯(この場合はパラフィリア、もしくはフェティシズム的服装倒錯症)に当てはまると言える。また、パートナーの眼鏡のみに性的興奮を覚える場合はフェティシズムに分類される。おもに日本で近年広まった概念であり、実際にフェティシズムと呼べるほどの性的逸脱にあるかどうかは不明。眼鏡をかけたままの性行為の目的が、顔などを見る、見せるための場合はあてはまらないからである。

背景[編集]

眼鏡をかけることは基本的には視力の矯正以外の意味を持たない。しかし、眼鏡は近代になって発達した道具であり、眼鏡をかけることは、眼が悪くなるほど勉強をした、眼が悪くても文字などを読む必要がある、という勤勉というイメージを植え付けていった。そのため日本における少年漫画を中心としたフィクションでは、眼鏡をかけたキャラクター=知性的という刷り込みがなされた。一方でスポーツの世界では視力が悪いことはマイナスであり、挫折の原因ともなった(現実にも古田敦也が眼鏡をかけていることを理由に入団を見送られたことがある)。そのため眼鏡はマイナス要因として不活発、内向的というイメージ形成にもつながった。『スーパーマン』シリーズにおいて用いられた、主人公が眼鏡を外すと無敵のヒーローとなる、という演出はのちに各地で模倣され、日本の少女漫画では“冴えないヒロインが眼鏡を外すと美少女に変わる”という演出が頻出し、眼鏡はキャラクターを演出する小道具としての意味をもたされていった。

中国台湾などの中華圏では、長く眼鏡は社会的地位を表すものとして重用された。そのため、漢民族が多数を占める社会では眼鏡は重要なアイテムであった。この影響は今も中国や台湾・香港さらにはシンガポールマレーシアなどの華人社会では顕著に見られ、勉強の努力の結果が個人の優劣に端的に現れる中高生世代は積極的に眼鏡を愛用している。

華人社会以外でも儒教社会の朝鮮半島では、目上の人の前では男女を問わず眼鏡を外すという習慣がある。この習慣については、下記ソウル五輪開会式時のエピソードを参照されたい。

1980年代前半までは眼鏡はマイナスイメージという認識があった。漫画家のとり・みきは著書の『クルクルくりん』のあとがきにおいて、主人公の眼鏡を外すように編集者から求められたことを告白している。その後『Dr.スランプ』のヒットもあり、眼鏡のマイナスイメージは軽減されていった。

1990年代以降、オタクサブカルチャーが拡大する一方で、知性的理性的な女性に対する性的嗜好を表現する際に、次第に眼鏡が用いられていった。AV女優にも眼鏡をかけた女性がごくわずかだが見られ、一般のグラビアアイドルにも眼鏡姿を写した写真が散見されるようになった。2000年代に入ると「眼鏡っ娘」という言葉が広まり、眼鏡をマイナスではなくプラスイメージとしてとらえる層が存在し始めた。とくに同人誌アダルトゲームといったオタク的サブカルチャーにおいてその傾向は顕著で、眼鏡をかけたキャラクターのみを扱ったものが出るなど眼鏡フェティシズムを略した眼鏡フェチ(眼鏡っ娘萌え)と呼称されるジャンルになりはじめている。前述のとおり、本当の意味のフェティシズムと言えるかは不明である。またオタク自体のイメージとしてメガネをかけているというものも定着しつつある。

偏見からの脱皮[編集]

そんな中、実社会でも眼鏡っ娘が表に出るようになる。今までは男の眼鏡は七難隠すが女の眼鏡はとかくマイナスイメージが強かった。

これは日本韓国などで見られることで、たとえば、欧米では見られる眼鏡を掛けた航空機の女性客室乗務員も緊急時に危険などといわれのない差別に晒されている。

また、日本のテレビ番組において女性アナウンサーの眼鏡も以前は不文律でご法度だったが、近年は演出上の効果や、いわゆる眼鏡っ娘ブームなどもあってか、女性アナウンサーが眼鏡姿で番組に出演する機会も徐々に増えてきている。

韓国の場合、日本よりさらに酷く、儒教文化では目上の人の前では眼鏡を外すのが礼儀とされた[要出典]。そのため、1988年に開催されたソウルオリンピック会場では、観客であっても女性は眼鏡を掛けられなかった。その現象は来賓のいる開会式の際に顕著に現われた。それらの事象はこれら眼鏡っ娘の活躍による市民権確保により、昔話となっている。

関連項目[編集]