眼鏡キャラクター
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眼鏡キャラクター(めがねキャラクター)とは眼鏡をかけていることが特徴の一つとなっている人物をあらわす言葉。明確に定義された言葉ではないが、眼鏡の有無をキャラクター分類の基準にすることは広く行われている。
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[編集] 概要
眼鏡は視力を矯正する道具であり、眼鏡を掛けているということはその人の裸眼での視力が低下している(目が悪い)という印象を持たせることになる。この印象からさらに「勉強のし過ぎで目が悪くなった」という類推が生まれ、結果として「眼鏡を掛けている=頭がいい」というイメージが生まれた。また、単純に「目元」を強調することが知性の高さをイメージさせるという効果もあると思われる。
これを利用すると、ファッションであれば眼鏡を着用することで知性的なイメージをかもし出すことが可能になり、またフィクションの世界では頭のいい登場人物に眼鏡を掛けさせることで外見と性格を一致させ、より印象の強いキャラクターを作ることが可能になる。
ただし、最近はファッション性に富む眼鏡が広く知れ渡っているものの、それ以前はレンズが極端に厚い「瓶底眼鏡」など、あまり見た目の良くない眼鏡のほうが認知度が高く、眼鏡を掛けることはむしろイメージを下げることでもあった。
現在では眼鏡キャラクターに一定のファンがいることが認知されている。多くのフィクションでもこれらのファン(特に異性キャラのファン)を意識したキャラクターが存在し、現在では萌えのジャンルの一つに挙げられることもある。
[編集] 呼称
男女共通のものとしては「メガネっ子」があるが、同じ発音である「メガネっ娘」が存在する影響で、最近では男性に対して「メガネっ子」の呼称を使う機会は多くない。
男性キャラに対しては「メガネ君」「メガネ男子」という呼び方がある。特に「メガネ男子」は女性が男性眼鏡キャラに使う呼称として有名であり、女性向けに男性眼鏡キャラを特集した本のタイトルにもなっている。
正確な成立時期は不明だか、少なくとも鳥山明著作の少年向け漫画『Dr.スランプ』内で主人公に対して既に使用されていることから、1980年代前後には既に呼称として成立していたものと考えられている。
[編集] 評価
先述のとおり、眼鏡キャラクターには眼鏡を掛けることで知的さがアップしているもの、逆にドジっぽさやダサさを強調させているものが存在する。例えば、元プロ野球選手の古田敦也は「コナンドリル」のインタビューにて「眼鏡キャラとしてはのび太君にたとえられるよりコナンにたとえられるほうがずっといい」と答えている。
黒石翁は、いわゆるドジッ子を除く多くの知性的な女性の眼鏡キャラクターについて、相手に威圧感を与える・相手より優位であることを眼鏡を掛けることで暗に示していると指摘している。一方、心理学者の香山リカは、男性の眼鏡キャラクターに女性ファンがいることについて、眼鏡を掛ける=視力の悪さというハンデを持っているという感覚が一般的にあることを指摘し、安心感や信頼感が生まれていると考察している。
良いイメージの眼鏡キャラクターの概念が登場したのは最近であり、それ以前はダサいイメージの象徴でもあった。さらにフィクションでは眼鏡を掛けている姿を仮の姿とし、眼鏡を外すと元の人物に戻るなどという演出も存在した。実際スーパーマンは一般人として能力を抑えている間は眼鏡を掛けていたし、映画や漫画では「眼鏡を外すと素顔は美人である」という演出が定番の一つであった(アイザック・アシモフが1950年代に書いたエッセイでこのことを批判しており、「眼鏡を外すと美人」は1950年代の時点ですでに使われていたといえる)。現在はそのような演出はまれであり、眼鏡を掛けているときこそが素顔とする考え方さえ存在する。しかし、未だに眼鏡にダサいイメージを持っている人は少なからずいる。
[編集] 日本国外での事情
日本国外でのフィクションに登場する日本人の多くは眼鏡を掛けているとされる。日本人=眼鏡というイメージは古くからあり、ビゴーの風刺画などにも眼鏡を掛けた日本人を見ることができる。
[編集] 参考文献
- 少年サンデー特別編集プロジェクト編「コナンドリル : オフィシャル・ブック」小学館、2003年 ISBN 4-09-179402-5
- ハイブライト編「メガネ男子」アスペクト、2005年 ISBN 4-75-721174-0
- 黒石翁と彼女のレンズにうつり隊著「眼鏡っ娘大百科」二見書房、2005年 ISBN 4-57-605155-5
- 友利昂介著「日本人はなぜ黒ブチ丸メガネなのか」ごま書房、2006年 ISBN 4-34-101885-X

