真下耕一

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真下耕一
(ましも こういち)
プロフィール
誕生日 1952年6月21日(62歳)
出身地 東京都
主な作品
アニメ タイムボカン(1976年)
ヤッターマン(1977年)
未来警察ウラシマン(1983年)
ロビンフッドの大冒険(1991年)
無責任艦長タイラー(1993年)
EAT-MAN(1997年)
ポポロクロイス物語(1999年)
NOIR(2001年)
.hack//SIGN(2002年)
MADLAX(2004年)
ツバサ・クロニクル(2005年)
エル・カザド(2007年)
無限の住人(2008年)
へうげもの(2011年)
その他
日本映画監督協会 会員

真下 耕一(ましも こういち、1952年6月21日 - )はアニメーション監督東京都出身。上智大学法学部卒業。アニメーション制作会社ビィートレイン代表取締役。日本映画監督協会会員。

経歴[編集]

小さい頃から映画好きで、高校時代から8ミリ映画を自主製作し、大学時代は映画研究会に属した。アニメには特に興味はなく、大学4年生のときに共同テレビで半年ほどアルバイトをしていたところ、アニメ制作会社タツノコプロの新聞求人広告を見て、映像作品を作る会社ということで1975年11月6日に入社する。シナリオを書きたくて、演出助手を志望し、アニメ監督笹川ひろしの指導を受け、3ヶ月後には『タイムボカンシリーズ』(『タイムボカン』第33話「ビックリ!天女は宇宙人だペッチャ」)で初演出。タツノコプロ時代は同期の西久保瑞穂うえだひでひとや2年遅れて入社した押井守らと「タツノコ四天王」の異名を取った。1981年の『ゴールドライタン』からチーフディレクターを務め、『未来警察ウラシマン』まで、次世代のタツノコプロのメカアクション路線を牽引した。1984年にタツノコを離れフリーになる。その後、1997年堀川憲司(現・P.A.WORKS社長)と共に「ビィートレイン」を設立し現在に至る。 また、テレビゲーム業界ではスクウェアRPGである『ゼノギアス』のアニメーションムービーの制作を依頼された際、ムービーシーンの絵コンテ・演出などを担当した。

参加作品[編集]

テレビアニメ[編集]

劇場アニメ[編集]

OVA[編集]

ゲーム[編集]

  • ゼノギアス(1998年)アニメーションムービー絵コンテ・演出

その他[編集]

外部リンク[編集]