相原勇
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| プロフィール | |
|---|---|
| 愛称 | 勇ちゃん |
| 生年月日 | 1967年4月1日 |
| 現年齢 | 42歳 |
| 出身地 | |
| 血液型 | O型 |
| 公称サイズ(1986時点) | |
| 身長 / 体重 | 156 cm / ― kg |
| スリーサイズ | 80 - 56 - 83 cm |
| 活動 | |
| デビュー | 1986年4月10日「ちょっとHENSHIN」 |
| ジャンル | 女優、歌手 |
| 他の活動 | 特技 |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
相原 勇(あいはら ゆう、1967年4月1日 - )は、日本のタレント、女優、歌手。本名、小原 靖子(おばら やすこ)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
榊原郁恵の演ずる『ピーター・パン』に強く憧れ、「ピーター・パンを演じるために芸能界に入った。」と自ら語っていたことは有名。実際、舞台でピーター・パンを演じる機会に恵まれ、その夢を叶えた[1]。バンド輩出番組『平成名物TV・三宅裕司のいかすバンド天国(通称:イカ天)』(TBS系)で、三宅裕司と司会を務めたことで大ブレイク。明るく元気な女の子、といったキャラクターで人気となり、以降様々な番組に出演。
父親は地元の大手銀行マン。中学生の時に、榊原郁恵の演ずる『ピーターパン』を観る。ピーターパンが観客の上を飛ぶ。小原は圧倒され、感動した。これが、先ほども述べた芸能界に入るきっかけとなった。
そのためには芸能界に入る必要があると考えた小原は1984年、高校生のときにホリプロタレントスカウトキャラバン(第9回)に応募。すると、中国・四国地区代表としてなんと決勝まで残るという快挙を遂げる。そのときの優勝者は井森美幸であった。他に決勝に残った中に鈴木保奈美がいる。
1985年4月、芸能界デビューのため上京する際、父親から「東京の大学に送ったと思って4年間は待ってやるから、4年経っても成功出来なかったらあきらめて帰って来い」と言われたという。
1986年4月、別の事務所から、本名の小原 靖子で「ちょっとHENSHIN」という曲で念願の芸能界デビューを果たす。秋元康のプロデュースで、当時秋元が手掛けていたおニャン子クラブの「おっとCHIKAN!」に見せかけた企画モノで、相原自身「間違えて買ってくれる人がいないかなって」と開き直っていた。その後、同じ秋元プロデュースで広島弁「ぶち」を題名に使い「じゃけぇ」や「たいぎぃ」などの広島弁を随所に散りばめた「恋はBUCHIBUCHI!」(1986年8月11日)という珍曲を出すも、折からのおニャン子クラブブームもあってか、ほとんど有名になることはなかった。事務所の倒産もあり、芸能界での活動は制限されてしまった。(出典:東京スポーツ2006年9月28日)
1987年には、小学館の雑誌『GORO』の激写で篠山紀信撮影のヌードを披露。この頃の彼女の活動には不明な部分が多く、他には単発ドラマに出演していた、という未確認情報がある程度である。
そして、1989年2月から放送が始まった『イカ天』の司会者に抜擢される。当時、無名に近いタレントの抜擢であったが、『イカ天』は『平成名物TV』という1つの番組の中の1コーナーという位置づけであったため、当時のスタッフとしては思い切ったことができたのであろう(三宅裕司による指名があったという噂もある)。この年の4月が、前述のように父親に言われていた4年間のタイムリミットだった。もし「イカ天」に抜擢されていなかったら、「広島に帰っていた」と本人も言っている。そして名前も「相原勇」に変え、心機一転での再スタートの瞬間であった。
その後の活躍は以下の通り。主なものだけでも
- 1990年4月 - 映画『香港パラダイス』に出演。
- 1990年4月 - 10月 - 文化放送のラジオ番組『相原勇のBEBOP YOU』に出演。
- 1990年7月 - シングル「ボクはパワー」で相原勇として歌手デビュー。
- 1990年10月 - いわゆる月9ドラマ『すてきな片想い』出演。
- 1990年11月 - アルバム「Hello,Good-Day!!」発売。
他、CM多数、番組司会多数、ドラマ多数に出演した。
その後、現役で活躍していた元横綱の曙と真剣な交際をしたが、突然破局したことで大きくマスコミに取り上げられた。それを機に人気が急激に低迷、芸能活動を休止してニューヨークに渡った。 なお、破局疑惑報道のさなか、記者のインタビュー(横綱とご結婚なさいますか?)に対し、「I hope!」(したいです)と答えたエピソードもあった。
1998年に「YASUKO」と改名し芸能活動を再開。その後、「相原勇」に再改名している。
英語と演劇を学んでいる時に出会ったアイルランド人男性の画商とアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに結婚し、ニューヨークで歌・ダンスの稽古をつみ、2006年8月には16年ぶりのCDアルバム(デビュー20周年記念アルバム)をリリースした。
[編集] エピソード
- オフィシャルサイトには「ボクはPOWER」とあるが、正式には「ボクはパワー」である。
- オフィシャルサイトには「BEBOP YOU」が1991年4月開始とあるが、正確には1990年4月である。
- オフィシャルサイトには『素敵な片思い』への出演が1989年10月とあるが、正確には1990年10月である。また、正確な表記は『すてきな片想い』である。
[編集] 出演
[編集] テレビ
- 平成名物TV
- すてきな片想い
- 仮面ライダーBLACK(1987年-1988年、TBS系)第9話 かおる 役
- 青春家族
- ヴァンサンカン・結婚
- 振り返れば奴がいる
- 幕末高校生
- 地球SOS それいけコロリン
- 世にも奇妙な物語 春の特別編「笑いの天才」
[編集] バラエティ
- 徹子の部屋 - 1992年4月6日ゲスト
- 田舎に泊まろう! - 2006年7月30日(徳島県旧東祖谷山村にお泊り)
- 世界バリバリ★バリュー - 2007年4月11日ゲスト
- 英語でしゃべらナイト - 2007年9月10日ゲスト
- ジャンプ!○○中 - ゲスト
- ズバリ言うわよ! - 2007年2月26日ゲスト[2]
[編集] 映画
[編集] ラジオ
[編集] CM
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注・出典
- ^ 「ピーター・パン」はホリプロ所属のタレントが演じるのが通例だが、後にも先にもホリプロ以外のタレントが演じたのは相原だけである。
- ^ 当時交際していた曙とのなれ初めから破局まで赤裸々に語った。
当時の結婚条件は、「優勝すること」。しかし、1997年の5月場所で優勝した時の記者会見では、相原との約束を破って結婚を公言しなかった。曙との結婚は消滅した事を悟って、呆然とする相原へ曙から頼まれた小錦が破局の旨を伝えに来たという。小錦は、落ち込む相原を「靖子、お前は自分の人生を生きなさい」と慰め、精神的にどん底だった相原の側に24時間付き人が交代で監視する処置を取った。そんな小錦を細木は「彼はものすごい人格者で良い人間」、相原は「ものすごく温かくて良い人」と評した。相原は細木数子が好きで、ニューヨークでもDVDで「ズバリ言うわよ!」を見ていると話した。
番組の視聴率は16.0%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)。
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