盤錦市

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中華人民共和国 遼寧省 盤錦市
遼寧省中の盤錦市の位置
遼寧省中の盤錦市の位置
簡体字 盘锦
繁体字 盤錦
拼音 Pánjĭn
カタカナ転記 パンジン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
遼寧
行政級別 地級市
面積
総面積 4,084.18 km²
人口
総人口(2004) 125 万人
経済
電話番号 0427
郵便番号 124010
行政区画代碼 211100
公式ウェブサイト http://www.panjin.gov.cn/site/gb/pj/index.php

盤錦市(ばんきん-し)は中華人民共和国遼寧省に位置する地級市。中国第三の油田である遼河油田を擁し、曙光採油廠、興隆台採油廠、高升採油廠など多くの油田や石油精製工場がある。

地理[編集]

盤錦市は遼東半島と遼西回廊の間の、渤海が一番奥まった遼東湾に面し位置している。

市域は遼河沖積平野の河口部にあたり、市内を遼河分流の双台子河が貫流し南の遼東湾に注いでいる。また遼河が東の営口市との境をなしている。北と西は錦州市、東は鞍山市と境界を接している。

位置は北緯40度40分から41度27分の間、東経121度31分から122度28分の間に当たる。年平均気温は8.6度。

歴史[編集]

この地域には石器時代の居住の痕跡が見つかっている。1982年には盤山県で新石器時代遺跡が発見され、石斧紅山文化の彩色土器の破片などが発見された。

戦国時代、の将軍・秦が異民族を破ったことから領土は遼東半島にまで広がり、遼河を境に遼東郡と遼西郡が設置された。当時の盤錦は遼東郡に属し、後漢の時代も遼東郡に属していた。三国時代西晋の時代には昌黎郡に属し、南北朝時代には営州に属していたが、高句麗の侵入によりその一部となった。

が高句麗を倒して以降は営州に編入されたが、その後渤海の領土となり顕徳府に属した。遼代は顕州、その後は広寧に属した。は海城県を置き、この地は官営放牧場と化していた。清の末期、錦県・広寧県・新民庁などの一部が錦州府となり、その一部として盤山庁が置かれた。

1913年、盤山庁は盤山県となり奉天省(後に遼寧省)の一部となった。満州国成立後、1934年には錦州省の一部になっている。中華人民共和国成立後は営口市の一部となっていたが、1984年6月5日に盤錦市が新たに設置され現在に至る。

行政区画[編集]

2市轄区、2県を管轄する。興隆台区には市政府やその他行政機関が集中している。

年表[編集]

盤錦墾区[編集]

  • 1966年1月27日 - 遼寧省盤山県盤錦墾区に昇格。(1区)
  • 1968年12月26日 - 瀋陽専区台安県を編入。(1区1県)
  • 1969年1月1日 - 営口市西市区の一部を編入。(1区1県)
  • 1970年1月16日 - 盤山区大窪区が発足。(2区1県)
  • 1970年7月13日 - 盤錦墾区が盤錦地区に改称。

盤錦地区[編集]

  • 1975年11月9日 - 盤錦地区が営口市と合併し、新制の営口市の発足により消滅。

盤錦市[編集]

  • 1984年6月5日 - 営口市盤山県が地級市の盤錦市に昇格。興隆台区盤山区郊区を設置。(3区1県)
  • 1985年8月12日 - 大窪県の一部が興隆台区に編入。(3区1県)
  • 1986年11月5日 (2区2県)
  • 1988年6月17日 - 盤山県の一部が興隆台区に編入。(2区2県)

人口[編集]

2003年末現在、総人口は1,243,905人である。都市人口は566,046人で人口の45%にあたり、そのほとんどは双台子区と興隆台区に住んでいる。

民族構成は以下の通り。

人口増加率は2003年時点で3.81%増。自然増加率は2.9%。

経済[編集]

盤錦は遼河油田石油を産出し、また石油精製業もあるところとして知られている。その他の産業は農業(盤錦米は有名)、漁業などである。

観光[編集]

  • 紅海灘風景区 [1]

姉妹都市[編集]

参照[編集]

外部リンク[編集]