白柳誠一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
白柳 誠一(しらやなぎ せいいち、1928年6月17日 - 2009年12月30日[1] )は、カトリック教会の司祭、枢機卿。カトリック東京大司教および教区長を長くつとめた。
目次 |
[編集] 概説
東京都八王子市出身。洗礼名ペトロ。1994年に日本人で4人目の枢機卿に親任され、濱尾文郎枢機卿が2007年に死去した後は、唯一の日本人枢機卿であった。世界宗教者平和会議日本委員会理事長、日本宗教連盟理事長などもつとめ、宗教対話や平和活動に熱心であった。護憲派としても知られ、九条の会が主催するイベントの発起人や呼びかけ人となったこともあった[2][3] 慰安婦問題では日本政府の強制連行があったとのキャンペーンを行った[4]。2009年12月30日午前6時45分に心筋梗塞で死去。
[編集] 略歴
- 1951年 上智大学哲学科卒業
- 1954年 上智大学神学科修了、司祭叙階
- 1960年 ウルバノ大学(ローマ)大学院教会法専攻修了、教会法学博士号取得
- 1966年 カトリック東京大司教区補佐司教
- 1969年 カトリック東京大司教区協働大司教
- 1970年 カトリック東京大司教区大司教(2000年6月まで)
- 1994年 枢機卿に親任される
- 2005年 枢機卿団の一員としてコンクラーヴェに参加
[編集] 脚注
- ^ お知らせ2009.12.30:ペトロ白柳誠一枢機卿 帰天(カトリック中央協議会)・カトリック東京大司教区、東京教区からのお知らせ、訃報 2009年12月30日・プレスリリース「 日本人で4人目の枢機卿ペトロ白柳誠一枢機卿 帰天(東京名誉大司教)」
- ^ 9条アジア宗教者会議 2007年12月1日
- ^ 宗教者九条の和九条の会 2008年12月26日 閲覧
- ^ 酒井信彦 (1996年8月15日). “日本カトリック教団の『戦争の反省』の欺瞞②”. 月曜評論. 酒井信彦の日本ナショナリズム. 2010年12月31日閲覧。