白保竿根田原洞穴遺跡

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白保竿根田原洞穴遺跡(しらほさおねたばるどうけついせき)は、沖縄県石垣市八重山列島石垣島)にある旧石器時代から断続的に続く複合遺跡である。

「竿根田原」の読み方について、石垣市から「そねたばる」との修正申し入れがなされているが、沖縄県立埋蔵文化財センターの公式発表および、日本考古学協会・日本人類学会での報告は、「さおねたばる」である。よって、正式な遺跡名としては、「さおねたばる」となる。なお、竿根田原は字白保の小字名であり、『石垣市史民俗上』などによれば、方音は「ソンタパリ」という。しかしながら、実際に遺跡がある場所は、石垣市字盛山の東牛種子となっている。このような名称の揺れが生じた理由については、同遺跡が存する洞穴が、盛山東牛種子(もりやまアリィウシタニ)から白保竿根田原に続く長大なものであったことによる。新石垣空港建設前まで、同地はゴルフ場内にあたり盛土されていたため、地下にこのような洞穴があることは、把握されていなかった。よって、長大な洞穴の洞口が最初に見つかった、白保側(現在の遺跡の場所よりも北側)の小字名がそのまま遺跡名として利用されている現状がある。

概要[編集]

白保竿根田原洞穴遺跡は2007年新石垣空港予定地で見つかった遺跡で[1]、NPO法人沖縄鍾乳洞協会によって洞穴内から人間の頭、脚、腕などの骨9点が発見された[2]

このうち、状態のよい6点について同協会、沖縄県立埋蔵文化財センター、 琉球大学東京大学等の専門家チームが放射性炭素年代測定を行ったところ、そのうちの1点の20代-30代の男性の頭骨片(左頭頂骨)が約2万年前、他に2点も約1万8千年前及び約1万5千年前のものと確認された[3]

さらに国立科学博物館が、これらの人骨10点の母系祖先を知る手掛かりとなるミトコンドリアDNA分析した結果、国内最古の人骨(約2万-1万年前)とされた4点のうち2点はハプログループM7aと呼ばれる南方系由来のDNAタイプであることが明らかとなった[4]

これまで、直接測定による日本国内最古の人骨は、静岡県浜北区の根堅洞窟で発見された浜北人の約1万4千年前であった。なお、人骨そのものではなく、周辺の炭化物などから測定した日本国内最古の人骨は沖縄県那覇市山下町第一洞穴で1968年に発見された山下町洞穴人の約3万2千年前のものである[2]

脚注[編集]

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