申海チョル

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申海チョル
基本情報
別名 申海澈
出生 1968年5月6日
出身地 韓国の旗 韓国
死没 2014年10月27日(満46歳没)
ジャンル ロック
職業 歌手作詞家作曲家, 司会
担当楽器
活動期間 1988年 - 2014年
公式サイト CROMFAN.COM
本来の表記は「申海」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。

申海澈(シン・ヘチョル、韓国語:신해철1968年5月6日 - 2014年10月27日)は、韓国ロックミュージシャン[1]プロデューサーとしても活躍している。

西江大学校哲学科に在学中だった1988年、「無限軌道(ムハン・クェド)」というグループのリーダーとして「MBC大学歌謡祭」に出場し、「君に」という曲で大賞を受賞した。無限軌道解散後の1990年にポピュラー歌手としてソロ・デビューした[1]。以後、新鮮さを前面に打ち出して若者たちから人気を博した。1992年にはN.EX.T(ネクスト) という韓国のメジャーとしては珍しいロックグループを組織し、韓国歌謡界には稀な認知度あるロッカーとして活動をする[1]。1992年末にヘチョル自身の軍入隊のためN.EX.Tは一時解散し、また服務中の大麻吸引事件のため音楽活動復帰は絶望的と言われていたが、1994年にはメンバー変更を伴ったもののN.EX.Tを再結成した[1]。ラブソングを殆ど歌わない歌手として韓国ポピュラー音楽界では希有な地位を確立している[1]。映画音楽、ラジオDJ、アルバム・プロデュースなどで活発な活動を広げていた。

出すアルバムごとに必ず一曲ずつはヒットさせるというヒット曲製造機としての能力も、作曲家や歌手として優れている点だが、哲学科出身らしく、歌謡曲離れした意味深い歌詞などで韓国歌謡界では独特の存在だ。歌謡界や社会に対する自分の考えについても、筋が立つようによく表現することでも知られた。DJや、N.EX.Tでのグループ活動等を通じて、熱狂的なファン層を確保した。韓国MTV文化放送(MBC)で『ゴースト・ネーション』という番組のパーソナリティをしていた[2]

2014年10月22日、腸狭窄の手術を受けていた際に心停止し、心肺蘇生措置を受けてソウル峨山病院の集中治療室に入院していたが、10月27日、腹膜炎敗血症による脳損傷のため死去[3]。46歳没。ミュージシャンであり、社会運動家として、韓国社会への影響が大きく、多くの韓国人たちの哀悼の意を受けた。遺族側は、腸狭窄の手術を担当したソウルのS病院の医療事故が原因だとして、警察は捜査を開始した。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 『Popasia No.8』、ブルースインターアクションズ、1996年10月、P20。
  2. ^ MBCゴースト・ネーション公式サイト(韓国語),2012年2月11日閲覧。
  3. ^ 訃報:シン・ヘチョルさん46歳=シンガーソングライター 朝鮮日報 2014年10月28日