申不害

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申不害(しん ふがい、? - 紀元前337年)は、中国戦国時代政治家昭侯に仕えて宰相となった。

昭侯拝謁と宰相就任[編集]

申不害は身分は低かったがその才能を見込まれて師匠に推挙され、昭侯に拝謁した。昭侯は弱国である韓をよく治めるための方法を問うた。すると申不害は「君たるものよく為さじ、よく知らず」と答えた。法を整備し公平な論功行賞を行えば国は自然に治まると説いたのである。こうして、昭侯は申不害を宰相にした。

宰相就任後の韓[編集]

韓は戦国七雄のうち最弱国で、常に隣国のに怯えていた。だが、申不害が宰相の間は国勢は安定し、領土も少しずつ拡張した。

法家として[編集]

申不害の法律至上主義の考え方は韓非に継承された。その思想は始皇帝によって国政に用いられ、秦は大陸を統一した。著書に『申子』二篇があったとされるが、現存はしていない。