甲賀三郎
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甲賀三郎(こうがさぶろう)とは、
- 諏訪地方の伝説の主人公の名前。地底の国に迷いこみさまよう。後に地上に戻るも蛇体となり諏訪の神になったという。
- 小説家・作家・推理作家。本名は、春田 能為(はるた よしため、1893年10月5日 - 1945年2月14日)。以下詳述する。
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滋賀県蒲生郡日野町に生まれる。生家は、甲賀郡水口藩の藩士であった井崎家。1907年に上京し、京華中学校から第一高等学校へと進む。1918年、東京帝国大学工科大学化学科を卒業。和歌山県にある由良染料株式会社勤務を経て、農商務省臨時窒素研究所技手となる。この研究所の同僚に、大下宇陀児がいた。
研究所に在職中の1923年、雑誌『新趣味』の懸賞に応募し、一等入選して掲載された作品「真珠塔の秘密」でデビューする。応募のときに、郷土の伝説上の勇者である甲賀三郎兼家になぞらえて、筆名を甲賀三郎とした。1924年、『新青年』に「琥珀のパイプ」を発表、1927年には、島倉儀平、正力松太郎、布施辰治をモデルにした小説「支倉事件」を『読売新聞』に連載(1月15日~6月26日)、翌1928年に作家専業となる。探偵戯曲にも関心を示し、その確立に尽力した。
『支倉事件』は、甲賀の代表作と言われている。木々高太郎とのあいだでかわされた論争などが知られる。
1942年に日本文学報国会事務局総務部長に就任、1944年には日本少国民文化協会事務局長となった。
1945年2月、出張のため九州に向かう途中、急性肺炎に罹り岡山県で急死。
[編集] 作品リスト
- 黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集(『日本探偵小説全集』1〔『創元推理文庫』〕)、東京創元社、1984年12月。ISBN 4-488-40001-9
- 甲賀三郎探偵小説選(『論創ミステリ叢書』3)、論創社、2003年12月。ISBN 4-8460-0407-4
[編集] 参考文献
- 浜田知明編「甲賀三郎著書目録」(甲賀三郎『緑色の犯罪』〔『探偵クラブ』〕、国書刊行会、1994年4月に収録。ISBN 4-336-03561-X)
[編集] 外部リンク
- 甲賀三郎の世界 (ファンサイト)
- 甲賀 三郎:作家別作品リスト(青空文庫)



