田町駅 (東京都)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 田町駅 | |
|---|---|
三田口(2006年12月17日撮影)
|
|
| たまち - Tamachi | |
|
◄浜松町 (1.5km)
(2.2km) 品川►
|
|
| 所在地 | 東京都港区芝五丁目33-36 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■山手線 ■京浜東北線 (いずれも正式には東海道本線) |
| キロ程 | 4.6km(東京起点) 大宮から34.9km |
| 電報略号 | チタ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
154,124人/日(降車客含まず) -2008年- |
| 開業年月日 | 1906年(明治39年)12月16日 |
| 乗換 | 三田駅 (都営地下鉄浅草線・三田線) |
| 備考 | みどりの窓口 有 |
田町駅(たまちえき)は、東京都港区芝五丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
備考
[編集] 駅構造
山手線と京浜東北線は田端駅から当駅まで同じ方向の電車は同じホームを共有する方向別複々線となっている。東京方面から山手線外回りと京浜東北線南行との相互乗り換えをする場合、隣接する線路別複々線配置の品川駅で行うよりも当駅で行う方が便利である。そのため、山手線外回りと京浜東北線南行の車内では当駅での乗り換えを促すアナウンスが流れる。
以前はホームが手狭な割には乗降客が非常に多く、大部分が平日に集中するため、朝のラッシュ時にはホームに人が溢れがちで危険であった。そのため、3・4番のりばホームの拡幅や駅構内の拡張工事を行い、2004年までに終了した。また、改良工事前は品川寄りに三田側のみ出られる臨時改札口と跨線橋が設置されていた。
[編集] のりば
| 1 | ■京浜東北線 | 東京・上野・大宮方面 |
| 2 | ■山手線 | 東京・上野方面 |
| 3 | ■山手線 | 品川・渋谷方面 |
| 4 | ■京浜東北線 | 品川・横浜・大船方面 |
- 備考
- 山手線は内回り・外回り共に早朝のごく一部に当駅始発の電車がある。これらの電車は品川駅西側の留置線に置かれた車両を当駅まで回送し、始発電車となる。
- 浜松町寄りに2・3番線への出入が可能な留置線が1本設置されている。この留置線は田町~新宿~田端間の列車の運転が行われた時に活躍した。
[編集] 改札口
- 当駅には北改札口と南改札口の2ヶ所があるが、両改札口は自由通路を挟んで相対している。
- 北改札口内にはコンビニ型売店と、あじさい茶屋というそば屋がある。
- 南改札口内にはJR東日本系列のジェイアール東日本フードビジネス(ジェフビー)が運営するハンバーガー&ベーカリーカフェのチェーン店ベッカーズとブース型の売店がある。この売店は一時期「キョロスク」と名付けられていた。森永製菓本社ビルが至近にある事から、森永チョコボールのキョロちゃんとの広告コラボレートとして設置された。2006年10月からは、巨大なウイダーinゼリーを店の上に乗せた「ウイダーステーション」に生まれ変わっている。ウイダーは同じ森永製菓の商品である。
- 南改札口内に、2008年3月25日、「ecute(エキュート)」を展開するJR東日本ステーションリテイリングの新たな駅ナカブランドとして「エキタマ」をオープンさせ、平田牧場のソーセージと石窯で丁寧に焼いたタカキベーカリーのパンによるホットドッグを販売している。また、同年7月2日にエキタマ2号店をオープンし、新鮮な生乳を使用した本格派アイスクリームを販売したが、10月27日よりフードコーディネーター・廣田有希氏考案のお米ワッフルの販売に切り替わった。
- 改良工事が行われる前は、各ホーム品川寄り階段通路から接続する臨時改札口(出口専用)が三田口側地上に設置されていた他、ペデストリアンデッキ側に20台以上の改札機が並ぶ三田口、三田口のすぐ脇の陸橋側に改札機数台が並ぶ芝浦口があった。
[編集] 駅設備
バリアフリー設備
- 北改札口(エスカレータ)、南改札口(エスカレータ・エレベーター)
トイレ
- 北改札口・南改札口それぞれに車椅子対応タイプも含め設置されている。
その他
[編集] 利用状況
2008年度の1日平均乗車人員は154,124人で、JR東日本の駅の中で第17位である。
[編集] 駅周辺
「三田口(西口)」と「芝浦口(東口)」の2ヶ所が設置されている。詳しくは三田、芝浦を参照の事。
[編集] 三田口
駅前を交通量の多い第一京浜(国道15号)が通っており、幾つかの有名な大企業の本社が点在しており、高層・超高層のビルが多い。とりわけ日本電気(NEC)は本社があるNECスーパータワーだけでなく当駅周辺のビルに数多く分散して入居しているため、この近辺はNEC社内では「NEC村」とも呼ばれている。また、慶應義塾大学を始めとして学園や教育施設も多いため、学生街の様相も呈しており、飲食店など商業施設も集積している。そのためか、都市銀行の大部分は三田口側に集約されている。地形的には丘が多く起伏に富んでおり、やや離れた丘陵地には高級住宅やマンションが多く建っている他、近年は駅近辺にも高層高級マンションがいくつか建設されている。
- 駅
- 官公施設
- 大使館
- 宿泊施設
- 学校
- 慶應義塾大学・中等部・女子高等学校
- 戸板女子短期大学
- 正則高等学校
- 東京女子学園中学校・高等学校
- 読売理工医療福祉専門学校
- 普連土学園中学校・高等学校
- 郵便局・銀行・その他金融機関
- 企業本社
- その他
[編集] 芝浦口
芝浦口側は運河が多い地区で、工場や倉庫などが多く、そのほとんどが埋め立て地であるために橋梁を除き全体に扁平な土地である。三田口側に比べると高層マンションを除くと住宅なども少ない。こうした事から商業施設も少なく、かつてはジュリアナ東京へ向かう人々で賑わっていた芝浦口側も週末はやや閑散としている。一方で、大規模な再開発も進んだ事から状況は変わりつつあり、芝浦アイランドなどの大規模な超高層マンション群の分譲が進んだ事から、住人の数が急激に増えている。
これらの変化を受けて、駅前は2004年頃に路線バスの乗り入れができる様に整備され、都営バスとちぃばすのターミナルとして機能している。また、スポーツセンターなど区民施設の改良や地下公共駐輪場の設置が行われている。
2008年5月29日、自由通路先のペデストリアンデッキに、視覚障害者向けの電子情報案内盤をNPO法人と港区が共同設置した。案内盤はタッチパネル式で、地図のボタンを押すと目的地までの道順を音声で案内する。また、各種イベント情報なども表示する。
- 官公施設
- 港区芝浦港南地区総合支所
- 警視庁第4機動隊
- 港区芝浦港南区民センター
- 港区スポーツセンター
- 学校
- 郵便局・銀行・その他金融機関
- 港芝浦郵便局
- さわやか信用金庫芝浦支店
- 企業
- その他
- 駐輪場
- 東京ポートボウル
- 田町ハイレーン
- ホテルJALシティ田町東京
- ヴィラフォンテーヌ東京三田
- グランパーク
- 芝浦アイランド
- 日本共産党港地区委員会
- 港民主商工会
[編集] 路線バス
[編集] 三田口(田町駅前)
[編集] 芝浦口(田町駅東口)
渋谷方面は東京都交通局渋谷自動車営業所を、五反田方面は東京都交通局品川自動車営業所を、品川方面は東京都交通局品川自動車営業所及び品川自動車営業所港南支所をそれぞれ参照されたい。
[編集] 歴史
[編集] 駅名の由来
田町とは、三田口(西口)周辺一帯に広がっていたかつての町名である。『文政町方書上』によると、江戸時代に田畑が町屋へと移り変わったため、田町と呼ばれる様になったという。
明治初期は頭に芝を付けて「芝田町」と呼ばれていた。海岸に面した細長い範囲の町で、この海岸線に沿った海上防波堤の上に鉄道が敷設された。
1909年、この鉄道の新駅として、田町駅が芝田町一丁目に設置された。現在の芝浦口(東口)周辺一帯は当時はまだ陸地ではなく、1913年に埋め立てられてから工業地帯へと変貌を遂げた。この芝浦口周辺は新芝町(後の西芝浦一丁目)と名付けられた。
駅名に採用された田町は、港区の発足した1947年に再び芝田町に町名変更となった。その後、住居表示実施に伴う町名町域変更により、1964年7月に一部が芝五丁目に、1967年4月に残りの全域が三田三丁目になり、その名前は消滅した。
[編集] 年表
- 1909年(明治42年)12月16日 - 国鉄東海道本線 品川~烏森間の開通と同時に開業。旅客営業のみの旅客駅。
- 1968年(昭和43年)6月21日 - 都営浅草線の三田駅が開業。同駅との乗り換え業務を開始。
- 1970年(昭和45年)5月1日 - 荷物取り扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
- 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
- 日本の鉄道駅一覧
- 田町駅 - 岡山県にある岡山電気軌道清輝橋線の駅。
- 栗原田町駅 - 宮城県にあったくりはら田園鉄道線の駅。1958年まで「田町駅」と名乗っていた。
- 田町車両センター - 電車・客車・機関車の車両基地・当駅南側にあり、主に東海道線の車両を収容している。
[編集] 外部リンク
|
|||||
|
|||||

