田中裕二 (爆笑問題)

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田中 裕二
本名 田中 裕二
生年月日 1965年1月10日(47歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都中野区
血液型 B型
身長 154cm
方言 共通語
最終学歴 日本大学芸術学部演劇学科中退
出身 太田プロスカウト
コンビ名 爆笑問題
相方 太田光
芸風 漫才コント(ツッコミ)など
立ち位置
事務所 タイタン
活動時期 1988年 -
過去の代表番組 サカスさん
配偶者 独身(離婚歴あり)
親族 東條英機(遠戚)
受賞歴
2006年 芸術選奨文部科学大臣賞(爆笑問題として)

田中 裕二(たなか ゆうじ、1965年1月10日 - )は、日本の漫才師、お笑いタレント随筆家俳優東京都中野区 鷺宮出身。血液型はB型。芸能プロダクションはタイタン所属。太田光との漫才コンビ「爆笑問題」のツッコミ、リーダー担当。身長は154cm[1]中野区立若宮小学校中野区立第八中学校東京都立井草高等学校卒業、日本大学藝術学部中退。

目次

[編集] 来歴

  • 中学入学時の身長は130cmだったと本人がラジオで発言。高校時代は太田と対照的に人気者で、「ウーチャカ」という愛称で「ウーチャカ大放送」という校内ラジオ放送のパーソナリティをやっていた[2]。全校生徒によるアンケートで「ミスター井草」にも選出されたこともあった[3]
  • 「ウーチャカ大放送」のテープを、爆笑問題結成初期の時代、自動車に乗るたびにカー・オーディオで太田に聞かせていた。その内容は、2008年6月27日のコンビ結成20周年記念となった『爆笑問題の検索ちゃん』(テレビ朝日系)にて放送され、不評だった。
  • 早稲田大学第二文学部も受験したが、受験日を1日間違えるという致命的な失敗を犯してしまった。その失敗の教訓を得てか、一浪を経て、日本大学藝術学部(日芸)演劇学科に合格し(十数年後にテレビ番組で、本人は大学に落ちたものだとばかり思っていたと告白)、太田と出会う。日芸時代でも田中本人が「ウーチャカ」と呼んでくれるよう周囲に頼んでいたが、「小僧(先輩)」とも呼ばれていたという[4]
  • 日芸在籍時には、マキノ雅弘が主催していた私塾にも通っていた。
  • また、同時期に大学の先輩とお笑いコンビ「東京ギャグポンプ」を組んでTBSの昼の番組のレギュラーを持っていたが、売れずに2ヵ月弱で解散。当時の芸名は「白木屋みのる」(背が小さいことから白木みのると居酒屋の白木屋をもじってつけられた)で、ボケ担当。コンビ名・芸名を考案したのははらみつお。当時の相方は編集者(2006年時点)をしている[5]
  • 1988年3月に漫才コンビ「爆笑問題」を結成。コンビではリーダーを担当しているが、田中が自ら立候補したのではなく、太田が決めたものである。
  • 2000年正月放映の『号外!!爆笑大問題』(日本テレビ系)で、田中が所属事務所が入居しているビルの1階の花屋に勤務する9歳年下の女性の自宅を訪れ、両親にあいさつしたと太田がバラし、メディアが一斉に扱った。同年3月24日にその女性と結婚。その後、二世帯住宅を建てた。
  • 2000年9月12日睾丸肥大のため都内の病院に入院。10月9日に左側の睾丸摘出手術を受けた。ちなみに摘出した睾丸を病理診断・研究したのは向井千秋の夫である向井万起男慶應義塾大学病理専門医)だったとのこと(太田の後日談より)。
  • 2009年10月2日、自らの離婚を発表した。その後、前妻が臨月に入っていることが報じられた[6]

[編集] 人物

[編集] 芸風

  • そんなわけねぇだろ!」「やめろよ!」「うるせぇよ!」「いい加減にしろ!」「しつけーよ!」などのストレートなツッコミをする[7]。しかし、太田の無軌道なボケも拾い上げて対応し、かつテンポが良いため、太田にとって貴重な存在である。また、他の芸人のアドリブによるボケにも瞬時・的確にツッコんでいるが、ノリツッコミは恥ずかしくてできないとのこと(本人談)。かつては太田のボケのほぼすべてにツッコミを入れていたが、近年は太田があまりにも無軌道なボケをすると流すこともある。
  • 背の低さや睾丸摘出といった身体的特徴を太田にネタにされたり、共演者からいじられたりする。また、その外見から子供扱いされることもある。
  • 一般的に太田は変わった人物で、田中はまともで普通の人間というイメージを持たれることが多いが、伊集院光からは「太田さんは変な人、田中さんは化け物」と称された[8]。また『JUNK 交流戦スペシャル』(TBSラジオ2006年8月31日)では、仕事がなかった時代に草野球で伊集院に対し「毎日野球できるから楽しくてしょうがないんだよ」と発言したエピソードを紹介し、普通のお笑い芸人なら持っているはずの危機感を持たない田中を総じてそう表現した。
  • また、『爆笑問題のニッポンの教養 放送100回記念スペシャル「爆問学問」学』(NHK総合2010年2月2日)では同じく伊集院に「この番組見ててすげえと思うのは、太田さんと各界の知識人が凄いレベルの高い話をしてて、剣豪同士の斬り合いをしてる中、田中さんは普通に『すいませんボール取らしてください』つってひょいっと入って行けて、しかも斬られないんだよね」と評される。
  • たびたび相方の太田と比較され「非凡な太田、平凡な田中」と揶揄されることが少なくない。『爆笑問題のニッポンの教養』のスペシャルで、早稲田大学公開収録を行った際に参加していた学生から「太田さんに比べると田中さんは普通ですね」と言われると、「お前、金玉1個で生きてみろ!」と言い放った。
  • 意外にもかなりの毒舌家である。『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ、2009年1月25日)のニュースコーナーで沢尻エリカが話題に出た際に「沢尻は西洋のお城で挙げる印象があるのに、なぜ“逆に”神前式なのか、明治神宮なのか」と太田とともに、彼女の結婚相手であり日芸の同世代である高城剛の発想を批判している。その後も田中は太田以上にヒートアップし、「“逆に”という発想しかできない、そういう男なんです」と言い放った。ニュース解説で共演していた柴田秀一もその田中のヒートアップぶりに、「(田中さんがそうなっちゃうと)誰も止められないんですよねぇ…」と苦笑していた。
  • 本文を太田、そして挿絵の代わりに紙粘土細工を田中の組み合わせでエッセイ集を何冊か発売しており、紙粘土の個展を開いたこともある。
  • 近年は俳優としてドラマや映画に出演することも多い。

[編集] 人物像

  • テレビ朝日アナウンサー大熊英司に似ている(大熊による報道番組の司会を見て「自分か?」と思った事があるとコメントしている)。
  • コンビニエンスストアミニストップでアルバイトをしていたことがあり、勤務態度が優秀だったため、店長に抜擢されたこともある。そのことから、太田から「チビストップ」とよくネタにされている。
  • 実兄は「コム・デ・ギャルソン オムオム」のデザイナーを務め、現在は自ら立ち上げたブランド「KONTRAPUNKT(コントラプンクト)」のデザイナーである田中啓一。実姉は同じくデザイナーで「アツキオオニシ」や「ピンクハウス」を手がけた田中里美。父は自ら立ち上げた「人類生き残り研究会」の会長。母方のいとこならはしみきがいる[10]。おばは東京都杉並区阿佐谷にある商店街「阿佐谷パールセンター」の名付け親で、親類の結婚に絡んで、東條英機が遠戚にあたるようになった。
  • 視力は0.1未満で、コンタクトレンズを使用している。眼鏡をかけてテレビに出演することもある。
  • 普段は太田のことを「光」と呼ぶ。仕事のときに「太田さん」と呼ぶのは、仕事とプライベートの区切りをつけるためであると本人が語っている[11]
  • 乳幼児などの小さい子供が苦手(嫌いと発言したこともある)。それを克服するために『爆笑問題のバク天!』(2004年9月25日放送)で1日ベビーシッターになったことがあるが、余計苦手になった。

[編集] 趣味・嗜好

[編集] エピソード

  • 30歳になるまで女性と付き合ったことがなく、24歳のときに歌舞伎町の高級ソープランドで初体験をすませた[12]
  • 大学時代はかなりのナルシストで、自分に想いを寄せている女性を田中自身も気にかけており、十分カップルになりえたのだが、「僕は皆のアイドルだから1人のものになりたくない」という理由で付き合わなかった(本人はこの発言を恥じており、しばしばネタにされている)。
  • 1998年から1年間、『号外!!爆笑大問題』(札幌テレビ放送製作、日本テレビ系)で共演していた「爆笑娘。」の一員であるあかぎあいに本気で告白して振られたことがあり、同番組内で何度かネタにされている。
  • 2001年に出演した『THEわれめDEポン』(フジテレビ系)に初出場・初優勝したことで、麻雀の雀士として同番組にレギュラー出演している。その後『うまなりクン』(フジテレビ系)の「ウマでもわかる競馬基礎講座」で田中が獲得した100万円を優勝賞金として麻雀が行われた。田中は名馬を紹介しながらやったが、見事田中が優勝した。
  • 2002年6月28日、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)に田中が出演した。実は田中と岡村隆史が犬猿の仲という報道記事が載り、これをネタに本人達による再現コントパロディを放送(スーパーで大喧嘩)。だが、実際は仲が良く、ラジオなどでもゴルフ仲間として時折名前を出すことがある。
  • 2002年12月3日、太田が『爆笑問題カーボーイ』で突然の解散宣言を出した。この話題は報道にも載ったが、誤報の新聞もあったため、本人達は否定していた。ちなみに、田中が太田の言動にブチ切れて「解散だ!」と叫んだことは何度かあるらしく、その詳細が太田によって著書などで明らかになっている。太田は、太田が尊敬する立川談志の忠告により、どんな状況下でも解散を考えたことは一度もない。
  • 2010年5月16日、ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎日放送製作、TBS系)に2週にわたる爆笑問題特集の1週目に単独出演。田中自身も番組を視聴したが、その後の『爆笑問題カーボーイ』(同年5月18日)でそのあまりに平凡な内容に、「久しぶりに落ち込んだ」と語り、太田からはその平凡過ぎる内容ゆえに「平熱大陸」と揶揄された。また、『情熱大陸』にコメント出演した伊集院光は、担当したディレクターが「とにかく何もない、あの人(田中)には猫と野球しかないのか」と嘆いていたことを明かし、異常な才能の持ち主である太田と共に行動していながら、猫の可愛いさや巨人の勝敗に興味を持ち、相方に対抗心を抱かない田中を凄い人と評している[13]。なお、視聴率では翌週放送された太田編を上回っている。
  • 2011年11月3日の『爆笑問題のニッポンの教養』で、数列に遠近感や高低差を感じる共感覚を持っていることを告白した。
  • 自身では「生粋のお笑い芸人ではない(またはなれない)」と発言している。その場で頭を叩かれれば笑いが取れると分かっていても、「痛いのは嫌だ」と身構えて舞台で客を引かせていたことがあるが、それを積極的には改める気はないと告げている。また太田が際限なくボケる都合上、進行役に徹しないといけないと分かっていながらも、「面倒くさい」「本当はやりたくない」と素直に告白している。漫才や司会も「仕事」と言い切って、なかば仕方なくやっていると言っては太田を苦笑させている。ただ何事にも無気力という訳ではなく、熱中している草野球に関しては大雨の中でもユニフォームを着込みいそいそと駆けつける気概を持っている。
  • 安全地帯田中裕二と同姓同名で、『爆笑問題カーボーイ』での投稿作品によってネタにされたことがある。
  • 近年はリオネル・メッシに顔が似ていると言われることがある。

[編集] 競馬

[編集] 第67回皐月賞大万馬券的中騒動

  • 2007年、前述コラムの第67回皐月賞予想で7番人気ヴィクトリーに本命印を打ち、予想を的中させた。実際に馬券も購入しており、馬連94,630円(購入額5,000円)と3連単1,623,250円(購入額200円)を的中させ、計7,978,000円を手にした。
  • 2007年4月17日の記者会見や同日深夜放送の『爆笑問題カーボーイ』にて数々のエピソードが語られた。
    • 田中の買い方として、GIはいつも2万円分位しか買わないが、この日別のレースでも万馬券を当ててゆとりがあったため、いつもより増額して買った(計43,000円分)とのこと。別レースでの万馬券的中後、フジテレビアナウンサー福原直英に報告の電話を入れている(『めざましテレビ』で福原本人も発言)。
    • 皐月賞は友人数人とウインズ渋谷近くの飲食店でテレビ観戦(当日太田は仕事原稿書きとテレビ番組収録があった)。
    • レース後、即換金。的中馬券は携帯電話で記念撮影はしてあるが、コピーは行っていない。換金は田中の安全を考え、実際に行ったのは一緒に観戦した中の1人(田中の友人の友人)であった。
    • お小遣い(ご祝儀)として一緒にいた友人数人には1人2万円、事務所の仲間やスタッフには1人10万円(計20人)を渡した。ただし全員分すぐには行き渡らなかったようで、『ラジかるッ』(日本テレビ系、同年4月18日)で山中秀樹が、『カンニング竹山 生はダメラジオ』(TBSラジオ、同年4月19日)で長井秀和が、その放送時点では共々「もらっていない」と発言していた(その後きちんと行き渡った)。
    • その後うなぎ屋にて食事をした(放送内で「もうしばらくうなぎは食べたくない」と語る)。
    • 乗ったタクシーの運転手が競馬好きで今回の皐月賞などについて話す。降りる際、ご祝儀として「釣りは要らない」と言って運転手に1万円を渡した。ただ太田には「それじゃ普通の“釣りはいらない”と変わんねーだろ」と突っ込まれていた。後日放送の『検索ちゃん』(放送日は後述)でも同様の話をする。
    • 田中自身はこういう事柄は話したい性分であるが、勝手にそうすると誰かに迷惑が掛かる可能性もあり得ると、田中は事務所の社長である太田光代に確認の電話を入れたが、なかなか繋がらず、その確認が済むまで太田に「黙っていてくれ」と口止めした。しかし太田は仕事で一緒になった明石家さんまにすぐに話した(ただし、さんまは自分の馬券を気にするだけであった)。
    • 税理士税金一時所得による所得税)の相談をしたが、その時は「半分位は覚悟してくれ」と言われた。
    • 出費予定が多いため「赤字になりそう」や「残っているうちに自転車でも買おうかと」と発言。
    • 2007年4月20日の『検索ちゃん』にて、「買い物をした際には全部領収書をもらっていたが(以前の同放送にて)、今は安い金額の時は領収書をもらっていない」ということをクイズのネタにされた。

[編集] 出演作品

コンビでの出演は、爆笑問題#現在の出演番組爆笑問題#過去の出演番組を参照のこと。

[編集] テレビ番組

レギュラー番組
スペシャル番組

[編集] ゲスト

[編集] ドラマ

[編集] ラジオ

[編集] 映画

[編集] 人形劇

[編集] 著書

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 最近はテレビなどで、1cm身長が縮み153cmになったという説もある。『ボキャブラ天国』(フジテレビ系)に出演していた頃には「夜は153cm」と言われていた。
  2. ^ 「ウーチャカ」とは最初のあだ名「裕くん」から子音を取って「ウー君」となり、「ウー君」がパンを食べている所を見た友達が「ウー君」がパンを食べているから「ウーパン」と呼んだことによって「ウーパン」と変化し、最終的に「ウーチャカ」に落ち着いたとされる。
  3. ^ しかし表彰式は極少数で行われたため当時の在校生の間でも「ミスター井草=田中」の認識度は低く、太田が当時の在校生にそれを質問しても「知らない」と答える人ばかりであった。『爆笑問題の検索ちゃん』(2009年3月6日)より。
  4. ^ ちなみに田中は早生まれで太田より1学年上になるが、一浪したため太田とは同級生となった。
  5. ^ 『爆笑問題カーボーイ』(2006年11月28日)より
  6. ^ 前妻と田中の間の子供ではないが、離婚成立後300日以内に出産することになるので法律上では田中が父親になる。詳細については離婚後300日問題を参照のこと。
  7. ^ そのため、かつては「平成ビートきよし」の名を持っていた。
  8. ^伊集院光 日曜日の秘密基地』(TBSラジオ、2004年10月4日)より。
  9. ^ 『爆笑問題カーボーイ』(2009年3月11日)より。
  10. ^ 『爆笑問題カーボーイ』での田中の発言によると、親戚ではあるが面識が無いためどのような人物であるのか分からず、年齢は自分より上という事しか知らないとのこと。
  11. ^爆笑問題 金曜UP'Sスペシャルスプリング』(TBSラジオ、1997年3月7日)より。
  12. ^ これは太田らのおごりだったが、田中本人は風俗に行くことを非常に嫌がっていた。その理由として「僕はテトロポリキョン星人だから、そんなことはしない」と発言(なお、彼の脳内では小泉今日子もテトロポリキョン星人とのこと)。しかし、泣くほど嫌がっていたにもかかわらず、店は「前から行くならココと決めていた」という自分の指定した所で、終わった後に太田に「気持ち良かった」と満足そうに言ったため、腹を立てた太田に「二度と風俗に行けない身体にしてやる」という理由で陰毛を剃られてしまった。
  13. ^伊集院光 深夜の馬鹿力』(2010年5月3日)、『日曜サンデー』(2010年10月24日)より。
  14. ^ このコーナーでは太田やTBSアナウンサーの竹内香苗江藤愛らアシスタント(2010年4月4日までは友近)も予想するが、その予想はたびたび当たっている。

[編集] 外部リンク

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