田中森一
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田中 森一(たなか もりかず、1943年6月8日 - )は、日本の元弁護士である(登録番号:20465)。元検察官。
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[編集] 人物
検察時代は東京地検特捜部に所属して数々の汚職事件などを担当した。その後バブル景気絶頂期の1987年に弁護士へ転身。
山口組などの暴力団幹部や仕手筋、総会屋など、いわゆる裏社会の人間の顧問弁護士を多く務めたほか、許永中や中岡信栄などの裏社会の人物との親交も深く、「闇社会の守護神」、「闇社会の代理人」などと呼ばれていた。
検察時代から「ヤメ検」弁護士時代の経験をつづった『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』など複数の著書があり、同書はベストセラーとなった。石橋産業事件での有罪判決を受けて2008年4月1日付で受刑者となる。
[編集] 来歴
- 長崎県平戸市出身。生家は半農半漁で貧しかった。
- 1963年3月 長崎県立猶興館高等学校津吉分校(定時制)卒。
- 卒業後、和歌山県にある予備校で、昼間は掃除をして夜間の授業は無料で受けるという条件で宿舎に住み込んで1年間浪人生活を送った。
- 1964年4月 岡山大学法文学部入学。
- 1968年 在学中に司法試験に一発合格。
- 1969年 岡山大学卒業。
- 1971年 検事任官。もともとは裁判官志望だったが、司法修習生期間中に青年法律家協会と関係していたのではないかと疑われた[1]ために裁判官に任官できず、検事に任官した。
- 検事在任中、阪大ワープロ汚職事件、撚糸工連事件、平和相互銀行事件、三菱重工転換社債事件、苅田町長公金横領事件などを担当した。平和相銀事件以降、自民党を含めた国会議員の逮捕を視野に入れた捜査を行っていたが検察上層部の政治的配慮によって事件そのものが潰され続けた[2]こともあり、退官を決意する。
- 1987年12月 検事退官、弁護士となる。
- その後、山口組若頭・宅見勝、「アイチ」森下安道、「イトマン」元常務・伊藤寿永光、「コスモポリタン」池田保次などの顧問弁護士を務めた。許永中とも懇意だった(ただし、許の顧問弁護士に就任したことはない)。
- 2000年3月 石油卸会社「石橋産業」をめぐる石橋産業手形詐欺事件で逮捕される。
- 2002年6月29日 石橋産業に対する手形詐欺事件で許らと共謀して手形をだまし取ったとして東京地裁で懲役4年の実刑判決を受け、控訴。同判決は「(田中が)元特捜部検事の弁護士という肩書を利用した。田中なくして詐欺事件は不可能だった」とした[3]。
- 2006年1月31日 石橋産業事件で東京高裁で懲役3年の実刑判決を受け、最高裁判所へ上告。
- 2007年12月1日 奨学財団設立へ向けて「田中森一塾」[4]を設立。推薦人には塩川正十郎(元財務大臣・東洋大学総長)や田原総一朗が名を連ねる。
- 2008年
[編集] 著書
- 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎、 2007年6月)ISBN 9784344013438
- 『必要悪 バブル、官僚、裏社会に生きる』(宮崎学との共著 扶桑社、 2007年11月)ISBN 9784594055233
- 『検察を支配する「悪魔」』(田原総一朗との共著 講談社、 2007年12月)ISBN 9784062144537
- 『バブル』(夏原武との共著 宝島社、 2007年12月)ISBN 9784796661379
- 『どん底の流儀』(元日本共産党幹部・筆坂秀世との共著 情報センター出版局、2008年2月)ISBN 9784795836037
- 『正義の正体』(佐藤優との共著 集英社インターナショナル、 2008年3月)ISBN 9784797671742
- 『「成り上がり」の人間学』(イースト・プレス、2008年6月)ISBN 9784872579512
- 『塀のウチでもソトでも しゃあない男ら』(講談社、 2008年10月)ISBN 9784062149457
[編集] 関連書
- 魚住昭 『特捜検察の闇』(文藝春秋、2001年5月)、ISBN 4163574409(文春文庫: 2003年5月)ISBN 4167656655
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 田中森一オフィシャル 田中森一塾 公式サイト
- 右脳インタビュー 田中 森一さん

