用賀

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日本 > 東京都 > 世田谷区 > 玉川地域 > 用賀・上用賀・玉川台

用賀(ようが)は東京都世田谷区の地名・町名である。東急田園都市線用賀駅を中心とした地域をいい、住居表示実施前の旧・用賀は住居表示実施後の用賀と上用賀、玉川台、瀬田の一部、砧公園の一部に該当する。

地名の由来として、この地にある眞福寺の山号瑜伽山(ゆがさん)の「瑜伽」が「用賀」に転じたとする説がある[1]

歴史[編集]

世田谷ビジネススクエア タワー棟

江戸時代以前は、大山街道の宿場町、眞福寺の門前町として、規模の大きなものではなかったが、栄えていた。新編武蔵国風土記によれば、永禄元亀年間に後北条氏の家臣飯田帯刀とその息子飯田図書によって開発された。

  • 1889年 荏原郡用賀村が周辺の村と合併し、玉川村大字用賀になる。
  • 1932年 東京市に編入され世田谷区玉川用賀町になる。
  • 1936年 隣接する北多摩郡村の東京市世田谷区編入に伴い、砧村大字大蔵の飛地を玉川用賀町に編入する。
  • 1969年 東名高速道路全通。
  • 1969年5月11日 東急玉川線(玉電)が廃止され、用賀停留所及び専用軌道も廃止される。
  • 1971年 住居表示の実施に伴い町域が変更される。
  • 1977年4月7日 旧用賀停留所近くに東急新玉川線(東京地下鉄11号線)用賀駅が開業。
  • 1993年 旧玉電車庫用地に世田谷ビジネススクエア が開業。地上29階建てのSBSタワーが建設される。
  • 1994年 桜新町~用賀間の旧玉電専用軌道跡が道路として開通。駅前バスターミナル供用開始。
  • 2000年8月6日 新玉川線を田園都市線に合併、改称。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、用賀3-26-17の地点で69万3000円/m2となっている。[2]

主な道路[編集]

用賀駅砧公園世田谷美術館を繋ぐ遊歩道である、用賀プロムナードがある。道に敷き詰められている瓦に百人一首が刻まれている。いらか道との愛称でも呼ばれ、遊歩道の多くは木々で覆われている。その環境の良さからドラマ撮影などに使われる。石畳に川の模様が彫ってある。

現在の用賀七条通りに区道として名前を付けることになった時、用賀地区の道路が碁盤目状に整備されていることに着目し、大山通り世田谷通りの間で東西に抜ける道路に番号を付け、用賀条通りとなった[3]

一般道
高速道路
この2つの道路は接続している。

周辺[編集]

行政機関
教育・文化施設
区民施設
  • 用賀地区会館(用賀)
  • 用賀区民集会室(用賀)
  • 玉川区民会館別館上用賀アートホール(上用賀)
  • 玉川台区民センター(玉川台)
病院
在外公館
公園
  • 馬事公苑(上用賀)
  • 砧公園(砧公園)用賀駅からいらかみち(プロムナード)が通じる。
寺社
  • 眞福寺(真言宗智山派)(用賀)
  • 無量寺(浄土宗)(用賀)
  • 用賀神社(用賀)
河川・池沼
  • 谷沢川
  • 品川用水
  • 上の溜池
    谷沢川上流の桜丘の宇山地区の小高い丘から涌き出た水がここへ集まって池をなしていたとされる。

上というのは旧字である。現・上用賀6-23付近。

  • 天神溜池
    享保5年、品川用水からの分水を瀦水するために造られた池。近くに社があったことに由来し、その水は谷沢川へ落ちる。分水停止後はその漏水を利用していたが、昭和に入ってから耕地整理により埋立。現・上用賀1-8、9、26付近。
  • 田頭池
    品川用水からの漏水を集めたとされる池。田の先にあったことに由来し、その水は谷沢川へ落ちる。現・上用賀4-9付近。
  • 中丸池
    現在の自然観察林裏付近にあった池。その水は谷沢川へ落ちていた。
  • 金田屋の池村山池
    玉川台付近の小流(今は暗渠)に関係する池。いずれの小流も谷沢川に落ちる。
事業所等

脚注[編集]

  1. ^ 瑜伽」はサンスクリット語「ヨーガ」の音訳であり、鎌倉時代にヨーガの道場が開かれていた伝説を由来とするが、眞福寺の山号は昭和二十年代まで実相山であった。ほかに確たる資料もなく、裏付けのできる説ではない。
  2. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  3. ^ 用賀ネット「用賀条通り」

関連項目[編集]