生野文治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
しょうの ぶんじ
生野 文治
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 大分県
生年月日 (1950-02-09) 1950年2月9日(74歳)
最終学歴 早稲田大学第一文学部
所属事務所 アトゥプロダクション
職歴RKB毎日放送アナウンサー
活動期間 1972年 -
ジャンル バラエティー
情報
ドキュメント
報道
公式サイト プロフィール
出演番組・活動
出演中 一覧を参照
出演経歴 一覧を参照

生野 文治(しょうの ぶんじ、1950年昭和25年〉2月9日[1] - )は、日本男性ナレーター

大分県出身。 福岡県在住。

来歴・人物[編集]

1972年 早稲田大学第一文学部卒業後、RKB毎日放送アナウンサーとして入社[1]。主にラジオ番組を中心に活躍した。同局のディレクターだった木村栄文のドキュメンタリー作品のナレーションを多く担当した。1978年、第3回アノンシスト賞グランダプレミオを受賞[2]

1985年3月、RKB毎日放送を退職、フリーとなり活動拠点を東京に移し、東京俳優生活協同組合に所属。

1994年、独立してオフィス・キューを設立、1997年、個人事務所を閉鎖し青二プロダクションに所属。2004年1月アトゥプロダクションの設立に参加。

槇大輔窪田等と並び、硬軟取り混ぜた独特の口調のナレーションで日本中の茶の間の人気を博す。

長年、小林製薬のCMナレーションを務めている。

2007年、活動拠点を福岡に移す。

出演番組[編集]

現在
過去

その他[編集]

  • テレビ朝日アスク ナレーター養成講座特別指導
  • JAL名人会(日本航空機内サービスの落語番組、ナビゲーター)
  • ディスカバリーチャンネルDVD エア・ジョーズ ホオジロザメ飛空地帯(ナレーション)

RKB毎日放送アナウンサー時代[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、85頁。NDLJP:12276264/43 
  2. ^ 第39回アノンシスト賞を受賞!|RKB毎日放送”. 2014年10月1日閲覧。 “RKBからは、1977年度(第3回)に生野文治アナウンサー(当時、現在はフリーナレーター)以来36年ぶりの快挙です。”

関連項目[編集]

外部リンク[編集]