生品神社

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生品神社
Ikushina jinja.jpg
拝殿
所在地 群馬県太田市新田市野井町1923
位置 北緯36度19分2.9秒
東経139度18分26.8秒
主祭神 大穴牟遅神
社格 県社
創建 平安時代以前
例祭 鏑矢祭(5月8日)
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生品神社(いくしなじんじゃ)は、群馬県太田市新田市野井町(旧新田郡新田町市野井)にある神社。主祭神は大穴牟遅神(大国主)。旧社格は県社。境内は国の史跡に指定されている(国の史跡「新田荘遺跡」の一部として指定)。

概要[編集]

平安時代上野国神名帳に「新田郡従三位生階明神」として記載される古社である。主祭神は大国主であるが、平将門を祀っているという伝説もある。

元弘3年(1333年5月8日新田義貞後醍醐天皇より鎌倉幕府倒幕の綸旨を受けた際に、産土神である生品神社境内で旗揚げをし、鎌倉に攻め込んだと伝えられる。このとき、旗揚げに参集した武将は150騎だったと伝えられている。境内には社殿の他、新田義貞公像、義貞公旗揚げ塚、神木、記念碑等がある。毎年5月8日には例祭として鏑矢祭が行なわれる。

境内は1934年昭和9年)3月13日、「生品神社境内(新田義貞挙兵伝説地)」として国の史跡に指定。2000年(平成12年)11月1日、新田荘関連の他の10箇所の遺跡とともに「新田荘遺跡」として国の史跡に指定された。

新田義貞像[編集]

1983年、新田義貞像が挙兵650年を記念して生品神社境内に安置された。2010年2月、銅像が盗難にあう事件が起きた。銅像の行方は分からず、再建を求める声が高まり、2011年に「新田義貞公銅像再建委員会」が発足した。新たな銅像は彫刻家の脇谷幸正(義貞の弟、脇屋義助の子孫)が製作し、2012年5月8日に除幕式が行われた[1]

近隣の施設[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 勇姿再び、よみがえる新田義貞公 生品神社”. All About (2014年4月25日). 2014年10月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]