瑞鳳殿
| 経ケ峯公園 (経ケ峯歴史公園) |
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園内にある藩祖政宗廟「瑞鳳殿」(2007年8月)
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| 所在地 | |
| 分類 | 都市公園 > 特殊公園 > 歴史公園 |
| 面積 | 6.5381ha |
| 運営者 | 財団法人瑞鳳殿 |
| 駐車場 | 20台(無料) |
| 事務所 | 財団法人瑞鳳殿管理事務所 |
| 事務所所在地 | 宮城県仙台市青葉区霊屋下23-2 |
| アクセス | るーぷる仙台「瑞鳳殿前」バス停で下車 |
瑞鳳殿(ずいほうでん)は、仙台市都心部の南西、広瀬川の蛇行部に挟まれた経ケ峯にある伊達政宗を祀る霊廟。
この記事では、周囲の「経ケ峯歴史公園」内にあり、「経ヶ峯伊達家墓所」[1]として仙台市指定史跡となっている伊達家の他の霊廟や付属施設も記載する。
目次 |
[編集] 園内の施設
- 瑞鳳殿(藩祖政宗廟、地図)
- 感仙殿(二代忠宗廟、地図)
- 本殿両脇には、殉死した家臣12名および陪臣4名の宝篋印塔が並ぶ。
- 善応殿(三代綱宗廟、地図)
- 妙雲界廟(9代周宗の墓、11代斉義の墓、11代斉義の妻・芝姫(あつひめ)の墓、地図)
- 御子様御廟(おこさまごびょう。5代吉村以降の藩主の夭折した子女の墓、地図)
- 弔魂碑(戊辰戦争で亡くなった仙台藩士1,260人の慰霊碑。高さ6.74m、鋳鉄製。仙台市所有)[2]
- 瑞鳳殿資料館(地図)
[編集] 歴史
仙台藩初代藩主・伊達政宗は生前に、自らの死後、遺骸を仙台城下町南西縁にある経ケ峯に葬ることを遺言し、1636年(寛永13年)没した。経ケ峯は仙台城本丸(標高約115m、地図)と同様に青葉山段丘にあるが、仙台城本丸がある青葉山から見て東方向、広瀬川が形成した河岸段丘による谷を挟んで直線で900mほど離れており、近接する東西2つの標高70m級の峰がある。政宗の後を継いだ第2代藩主・伊達忠宗は政宗の遺言に従い、翌1637年(寛永14年)10月、政宗の御霊屋(おたまや、霊廟)を経ケ峯の東の峰に、正面が仙台城本丸を向くよう西向きに建立し、「瑞鳳殿」と命名した。同年、瑞鳳殿の隣接地に政宗の菩提寺として「瑞鳳寺」(地図)も創建され、仙台藩領・平泉の毛越寺より遷した釈迦三尊像を本尊とした。瑞鳳殿は、本殿・拝殿・唐門・御供所・涅槃門からなり、桃山文化の華麗な建築を誇った。
その後、第2代藩主・忠宗を祀る「感仙殿」(かんせんでん)、および、第3代藩主・綱宗の「善応殿」(ぜんのうでん)が共に経ケ峯の西の峰に建立されたが、両者は瑞鳳殿と相対するように正面が東向きになっている。
1931年(昭和6年)に瑞鳳殿は国宝に指定されたが、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)7月10日にアメリカ空軍による戦略爆撃(仙台空襲)を受け、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿は総て焼失した。
戦中・戦後の仙台では、空襲による樹木の焼失に加え、食料不足・エネルギー不足・住宅不足から市街地周囲の森林が伐採され、薪・炭や木造住宅資材にされたり、開拓して農地や住宅地へ転用されたりする例が多くみられた[3]。市は「杜の都」の復興を目指し、大年寺山において仙台市野草園の建設に着手する一方、歴史的建造物が焼失したものの樹木の伐採は逃れた経ケ峯の保存を期し、1951年(昭和26年)から1952年(昭和27年)にかけて、買収および寄付により当地の所有権を伊達家から得た[3]。
高度経済成長期に瑞鳳殿再建の機運が高まるが、埋れ木細工の材料採取や木桶風呂(鉄砲風呂)の燃料採掘のため経ケ峯を含む青葉山段丘では幕末から亜炭坑道が発達したため(仙台亜炭参照)、瑞鳳殿址でも至る所が陥没する鉱害が発生していた[3][4]。そのため、臨時石炭鉱害復旧法に基き、1969年(昭和44年)から1971年(昭和46年)にかけて瑞鳳殿址の地盤安定化工事を施工した[4]。瑞鳳殿再建工事に先立ち、経ケ峯を「霊屋風致地区」および「霊屋保存緑地」に指定。さらに1974年(昭和49年)に瑞鳳殿址の発掘調査を行うと、政宗の遺骨や副葬品などが出土した。1979年(昭和54年)、瑞鳳殿の本殿・拝殿・涅槃門・御供所が再建され、翌1980年(昭和55年)に瑞鳳殿資料館が新設された。1985年(昭和60年)には、感仙殿および善応殿も再建された。
1987年(昭和62年)、NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』が放送されると「政宗ブーム」が起きた。仙台には東北新幹線(1982年開業)で観光客が大勢訪れ、1986年(昭和61年)に仙台城三の丸で新築された仙台市博物館と共に、瑞鳳殿は仙台市における重要な観光施設となった。
なお、第4代藩主以降は、主に大年寺山の茂ヶ崎城跡近くの伊達家墓所(地図)に埋葬されている[5]が、例外として江戸で死去した伊達周宗(第9代藩主)と伊達斉義(第11代藩主)は、当地の「妙雲界廟」(みょううんかいびょう)と呼ばれる一角に墓がある。
[編集] 関連年表
- 1601年1月28日(慶長5年12月24日) - 青葉山で仙台城の建設が開始され、城下町の建設も開始された。このとき、仙台城建設地にあった大満寺、虚空蔵堂、千躰堂(→千代→仙台の名の由来)は経ケ峯に遷座した[6]。
- 1636年6月27日(寛永13年5月24日) - 伊達政宗(仙台藩初代藩主)が江戸・外桜田屋敷(東京都千代田区・日比谷公園野外音楽堂付近)にて死去[7]。仙台に移送され、北山五山の覚範寺に埋葬。
- 1636年10月(寛永13年9月) - 工費30万両を以って「瑞鳳殿」の建設開始。
- 1637年12月10日(寛永14年10月24日) - 政宗の霊廟「瑞鳳殿」落成。「瑞鳳寺」創建。
- 1658年8月10日(万治元年7月12日) - 伊達忠宗(仙台藩第2代藩主)死去。
- 1659年(万治2年) - 忠宗の遺言に従い、経ケ峯の「瑞鳳殿」隣接地に忠宗の霊廟を建設することになり、原田甲斐宗輔が普請奉行となった[6]。建設地は大満寺、虚空蔵堂、千躰堂がある地が選定され、三者は愛宕山に遷座した[6]。
- 1664年(寛文4年) - 忠宗の霊廟「感仙殿」落成。
- 1711年7月19日(正徳元年6月4日) - 伊達綱宗(仙台藩第3代藩主)が江戸・品川屋敷で死去。
- 1716年(享保元年) - 綱宗の霊廟「善應殿」落成。
- 1868年(明治元年) - 戊辰戦争で仙台藩が敗戦。「感仙殿」が本堂を残して取り壊された。
- 1871年8月29日(明治4年7月14日) - 廃藩置県
- 1877年(明治10年) - 戊辰戦争で戦死した仙台藩士1,260人を慰霊するため「弔魂碑」建立。
- 1931年(昭和6年) - 「瑞鳳殿」を、付随する唐門、透塀、南廊下、拝殿、橋、御供所、繋廊下、涅槃門や「感仙殿」と共に旧国宝に指定。
- 1945年(昭和20年)7月10日 - 仙台空襲で焼失。
- 1951年(昭和26年)~1952年(昭和27年) - 当地の所有者である伊達家から、仙台市が買収および寄付により後の当園一帯を取得[3]。
- 1966年(昭和41年) - 住居表示が実施され、瑞鳳殿の住所が「仙台市霊屋下23-2」に変更[8]。
- 1969年(昭和44年)~1971年(昭和46年) - 臨時石炭鉱害復旧法に基き、瑞鳳殿址の地下にある旧亜炭坑道に石炭灰を水力充填する地盤安定化工事を常磐開発が施工[4]。
- 1970年(昭和45年)6月9日 - 都市計画決定により経ケ峯が「霊屋風致地区」 (10.6ha) に指定[9][10]。
- 1973年(昭和48年)3月27日 - 「杜の都の環境をつくる条例」が制定され、経ケ峯が「霊屋保存緑地」に指定[11][12]。
- 1973年(昭和48年)7月8日 - 藩祖伊達政宗公霊廟瑞鳳殿再建期成同盟会設立[13]。
- 1974年(昭和49年)9月28日 - 「広瀬川の清流を守る条例」が制定され、経ケ峯は特別環境保全区域および水質保全区域に指定[14]。
- 1979年(昭和54年) - 「瑞鳳殿」再建(松井建設が再建工事を担当)。
- 1980年(昭和55年)2月 - 発掘調査の出土品を展示する目的で、唐門脇に「瑞鳳殿資料館」を開館。
- 1984年(昭和59年)7月21日 - 仙台市指定史跡「経ヶ峯伊達家墓所」として市指定文化財になる[1]。
- 1985年(昭和60年)5月25日 - 「感仙殿」および「善応殿」再建。「仙台・青葉まつり」復活。
- 1986年(昭和61年) - 政宗没後350年。仙台城三の丸で仙台市博物館が新築。
- 1987年(昭和62年)1月4日~12月13日 - NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』が放送され、「政宗ブーム」が起きる。
- 1989年(平成元年)4月1日 - 仙台市の政令指定都市移行に伴って青葉区となり、当園の南縁が太白区との境界を形成することになる。
- 1999年(平成11年)5月13日 - るーぷる仙台運行開始。「瑞鳳殿前」バス停設置。
- 2001年(平成13年) - 仙台開府400年記念事業の一環として「瑞鳳殿」改修工事を実施[15]。当年より、仙台七夕に合わせて「瑞鳳殿七夕ナイト」を開催[15]。
- 2011年(平成23年)7月 - 市が1700万円を支出して東北大学金属材料研究所が弔魂碑を修復[2]。
[編集] 所在地
かつての住所は「仙台市越路瑞鳳寺前丁20番地」。1966年(昭和41年)の住居表示実施により「仙台市霊屋下」に変更され[8]、1989年(平成元年)の政令市移行に伴って現在の住所となった。
「霊屋」(おたまや)とは瑞鳳殿のことであり、「霊屋下」は瑞鳳殿の麓を示すものであるが、瑞鳳殿に隣接する事務所の住所にも使用されている。
[編集] アクセス
- 仙台駅西口バスプール15-3ポールから発着するるーぷる仙台で約10分。「瑞鳳殿前」バス停で下車(大人250円)すると参道入口。
- 仙台駅西口バスプール11および12ポールから発着する仙台市営バスまたは宮城交通の霊屋橋経由のバスで約10分。「霊屋橋瑞鳳殿入口」バス停下車(大人180円)、徒歩3分程度で参道入口に至る。
- 無料駐車場:20台(瑞鳳寺方面から進入)
[編集] 観覧者数
公益法人の業務・財務に関する情報公開によって公表された近年の瑞鳳殿観覧者数は以下の通り[16][17]。
| 2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 観覧者数(合計) | 145,253人 | 155,875人 | 167,158人 | 189,795人 | 215,878人 | |
| 内訳 | 大人 | 136,431人 | 145,194人 | 156,174人 | 176,527人 | 199,164人 |
| 高校生 | 1,590人 | 2,110人 | 2,107人 | 2,174人 | 2,802人 | |
| 小中学生 | 7,232人 | 8,571人 | 8,877人 | 11,094人 | 13,912人 | |
[編集] 周辺
[編集] 脚注
- ^ a b 仙台市の文化財(仙台市)
- ^ a b 「弔魂碑」修復、戊辰慰霊新た 仙台・瑞鳳殿(河北新報 2011年10月12日)
- ^ a b c d 仙台市議会会議録
- ^ a b c 特殊地盤解析研究「2. 国宝瑞鳳(伊達政宗公御陵)の地盤安定工事に工法特命」(株式会社ヨウタ)
- ^ 歴代墓所(財団法人瑞鳳殿)
- ^ a b c 大満寺の歴史(曹洞宗 虚空蔵山 大満寺)
- ^ 江戸・東京の中の仙台(財団法人七十七ビジネス振興財団)
- ^ a b 向山(昭41) (PDF)(仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 風致地区(宮城県)
- ^ 仙台市風致地区指定状況 (PDF)(仙台市)
- ^ 杜の都の環境をつくる条例(仙台市)
- ^ 第Ⅲ章 青葉山周辺地区の位置づけと方向性 (PDF)(仙台市)
- ^ 宮城県観光のあゆみ(宮城県)
- ^ 広瀬川の清流を守る条例(仙台市)
- ^ a b 仙台・瑞鳳殿で「七夕ナイト」-境内に1,200本の竹灯篭(仙台経済新聞 2008年8月8日)
- ^ 平成19年度 決算報告(財団法人瑞鳳殿)
- ^ 平成21年度 決算報告(財団法人瑞鳳殿)
[編集] 関連項目
- 青葉山丘陵
- 青葉神社(政宗を神として祀る)
- 昌傳庵(政宗の位牌がある)
- 瑞巌寺(政宗の位牌がある)
- 高野山奥の院(政宗の供養墓がある)
- ワルシャワ歴史地区(瑞鳳殿同様第2次世界大戦で破壊され復元された。)
[編集] 外部リンク
- 瑞鳳殿(公式ウェブサイト)
- 杜の都 緑の名所100選(仙台市)
- 経ヶ峯伊達家墓所(仙台市)
- あかとんぼ 瑞鳳殿 ガイド日誌(瑞鳳殿観光ガイドのサイト)
