現代っ子

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現代っ子(げんだいっこ)は、「現代における子供」という意味を原義としつつ、通例、戦争貧困を知らず、システム化された社会の中で生きている子供たちを指すことが多い語である。

第二次世界大戦後、特に高度経済成長期に子供時代を過ごした世代を指すことが多く、戦前戦中世代から皮肉を込めて呼ばれる場合が多い。「現代っ子」の語は1962年教育評論家阿部進が用いた[1]のが端緒である。

1970年代に多用された。その場合、観察者である大人は1930年代生まれであり、被観察者である子供は、1960年代生まれであった。観察者と被観察者の間には価値観の相違があった。

2000年代の子供たちは1960年代生まれの子ども世代であるが、1960年代生まれの親世代からは現代っ子批判はあまり聞かない。両者は価値観を共有しているものと思われる[要出典]

目次

[編集] 悪い意味で使われる場合

  • 体力が極端に劣る
  • こらえ性がなく、軟弱
  • 部屋の中でテレビ漫画ばかり見ていて、あまり外で遊ばない
  • 大切に育てられすぎてわがまま
  • 家電製品に頼り過ぎて、すぐに冷暖房に頼ったり、テレビを見てダラダラすごす
  • 核家族一人っ子で育ったために、正しい敬語を使えなかったり、目上の人間を敬うといったことを知らずに育った
  • 子供らしい夢やたくましさに欠け、現実的でこまっしゃくれた考えを持っている

[編集] 良い意味で使われる場合

  • 器用柔軟な発想を持っており、新しい技術や考え方をすぐに身につけることができる
  • 従来の日本人的なウェットな感覚や、偏狭な集団主義から自由で、現実的合理的な思考ができる

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 阿部進 『現代っ子採点法:親があっても子は育つ』 三一書房〈三一新書〉、1962年。