暴走族

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珍走団 から転送)

暴走族(ぼうそうぞく)とは、自動車オートバイに乗り危険な運転や騒音を伴って、交通法規の及ぶ公道上を走り回る集団のことである。

目次

[編集] 概要

自動車やオートバイには、なんらかの改造を施すことが多く、少なからず違法改造の場合もある。一連の問題行動は、共同危険行為として罰せられる。2004年11月現在、共同危険行為で摘発された場合、最高で2年の懲役または50万円の罰金、違反点数25点が課される。このことから免許取り消し後の欠格期間(免許を再取得できない期間)が数年に及ぶ。このため、摘発された場合には、その後の就業が困難なものとなる部分もあり、取り締まりも年々強化されていることから、構成者の大幅な減少も見られる。

一方で、交通法規の範囲内あるいはさほど逸脱せずに活動したり、人数も小規模に留まっている場合も増えている。このことは、「たまたまその場に居合わせただけ」という逃げ口が設けられるため、迷惑行為であっても従来の「集団」に対する取り締まり方法を適用し辛いという問題も生じさせている。

警察の分類では、大きく分けて「共同危険型」と「違法競争型」の二種の分類が存在する。

[編集] 共同危険型暴走族

意図的に大きなエンジン音やクラクションなどの騒音を出したり、何台も車両を連ねて路上を占拠し蛇行走行などを行う形態の暴走族を、共同危険型暴走族という。一般市民を威嚇するなどの暴力的側面も併せ持ち、車両暴走をメインに活動していることを除けば、実質的に海外でいうストリートギャングに近い集団である。

19701980年代に大きく社会問題化したこともあり、一般に「暴走族」というと共同危険型暴走族の姿をイメージされることが多い。構成員の多くが少年男子で、女子のみの集団は「レディース」と呼ばれる。車両改造は、騒音を大きくしたり派手な装飾を施すことに費やされることが主で、かつてはスポーツバイクが主流だったが、近年ではスクーターやセダン型の四輪自動車など多岐に渡る。

不良少年コミュニティの最上部組織としての性格を持ち、一種独特な服装や髪型などは、暴走族への所属有無に係らず1970~1980年代の不良少年全般に広まっていた。ブームが終焉した後は通常のいでたちの者も少なくない。中学校の不良グループを単位に結成・加入勧誘がなされることが多く、そのグループの元番長が加入している暴走族への主要な供給源となっている。交遊範囲も出身中学校の上下級生番長グループとの結び付きが強い縦割りで学校のクラブ活動を感じ、背後で校内粗暴集団に大きな影響を及ぼしている。また暴力団の下部組織として機能、または同団体への加入斡旋の場となるケースも多い。参加は比較的容易にできるが、グループ内に見られる「掟」などのため脱退が難しく、掟を破るとリンチを加えるなどで拘束される。

一方で時代の変化と共に、掟の厳しさが青少年層に受け入れられ難くなり、1982年頃を境に規模は縮小傾向にある。基本的に、18歳または成人となる20歳をもって暴走族から足を洗い、その際に別の年少者を加入させるという慣習があるとされてきたが、後継者不足から勧誘ができずに引退の歳になっても足を洗えない者が出たり、人数不足を成人OBの再加入によって賄ったりするなどで、構成員が高年齢化する傾向もある。

[編集] 違法競争型暴走族

高速道路や山間部の峠道、直線の続く一般道などで、猛スピードを出して走り抜ける形態の暴走族を、違法競争型暴走族という。本人らは共同危険型暴走族と同一視されることを嫌う傾向が強く、「走り屋」の呼称を好んで用いる。海外でいうstreet racerと同等の活動内容である。

正規のモータースポーツを真似た「レース」を無許可で「開催」し、大規模なものになると、パーキングエリアや沿道などに同好の見物人も擁する。活動内容の違いによって、環状の高速道路を周回する「ルーレット族環状族)」、峠道で競走する「ローリング族」、峠道や駐車場などで車をスリップさせる「ドリフト族」、高速道路で限界速度を追求する「最高速」、一般道でドラッグレースを行う「ゼロヨン」などの種別がある。車両はスポーツカーなどの高速走行向きのものが主に用いられ、本格的に極限まで速度を高めるための車両改造には、共同危険型暴走族よりも多額の資金を要することが多い。一方で、改造にはあまり費用をかけずに、気軽に走るタイプの者も少なくはない。

195060年代カミナリ族の嗜好を受け継ぐ形態であり歴史的には古いものであるが、1970~1980年代に共同危険型暴走族が社会問題化した印象が大きく、一般的な認知度は低かった。1990年代以降になって、共同危険型暴走族の活動が比較的下火になったことで相対的に違法競争型暴走族の比率が高まったため、社会問題として注目されるようになり警察などの取り締まりも本格化してきた。被害の大きい峠道などでは、夜間通行止めにせざるを得ない状況にもなっている。

また、人間関係などに制約の多い共同危険型暴走族よりも楽に活動しやすいことから、従来よりも不良少年が違法競争型暴走族に流入する傾向にあり、活動内容的に差異が薄い者もみられる。

[編集] 歴史

[編集] 勃興

19501960年代頃から、富裕層を中心に当時まだ高価だったオートバイを集団で乗り回す若者が登場、マフラーを外してけたたましい爆音を響かせながら走り回る様から「カミナリ族」という呼称が生まれた。交通を妨げて疾走する事から交通事故が懸念されたものの、時代は高度成長期であったため、社会が大きく変容することのストレスを受けたモラトリアムの範疇として、マスメディア文化人を中心にある程度容認される傾向も見られた。

しかし1970年代になると、オートバイは低価格化とともに庶民へも普及し、とりわけ不良少年のグループに浸透していくと暴行恐喝事件を起こす傾向が強くなり、一般市民への暴力事件やグループ同士の抗争事件が社会問題として取り上げられるようになった。東日本では1972年頃からグループ化が始まり、1974年には確認されているだけで86件の抗争事件が発生。1975年上半期の時点では、全国に571グループ、約2万3千人が存在しており、包丁、火炎瓶ヌンチャク、角材や木刀などで武装するグループも現れた。グループ同士の対立の増加は、結果として「自衛を目的とした連合の結成」を促すこととなり、1975年頃の大組織の台頭は小組織の小競り合いを減らした反面、抗争の規模を肥大化させ[1]、グループ同士の争いのみならず、暴徒化した一般の群衆を巻き込んだ暴動にまで発展する事もあった[2]

1978年に道路交通法の改正により「共同危険行為等禁止規定」が新設され、一旦は鳴りを潜めたが以後も再び勢威は増していった。この時代になると、社会の安全を脅かす存在として、従来の「モラトリアムの範疇」という論は低調になり、呼び名も「カミナリ族」から「暴走族」へと変わっていった。元来のカミナリ族の嗜好に相当する、運転技術を重視するスタイルの者は、「街道レーサー」と呼ばれ、後に「走り屋」と自称するようになる[3]

[編集] 共同危険型の盛衰

1980年前後には共同危険型暴走族は最盛期を迎えた。警察庁の1980年11月調査では、全国で754グループ、38,902名の暴走族が確認された。これは1980年6月に比べて10.8%増の数字である(女性暴走族は948名から1,426名に増加)。低年齢化も進み、1976年には47名だった15歳以下の構成員も、1,208名と約25倍になっていた。1981年にもグループ数は更に増加し、835グループが確認され、8,255名が検挙された(前年比82.5%増)。

彼らは、パンチパーマに剃り込みを入れた髪型に、特攻服刺繍などで飾り付けをしたものを着て、自分たちのことを「ツッパリ」という語で呼ぶようになり、徒党を組んで集会などを行った。この後、「ツッパリ」は暴走族以外にも拡大して、次第に不良行為を行う事で自己を顕示する少年少女らのスタイルとして定着するようになる。ツッパリファッションを身にまとった「リーゼントロック」[4]音楽バンドが、当時の管理教育に反発する少年層の間で大流行し、ツッパリファッションを子猫に着せた「なめ猫グッズ」が発売されたのもこの時期である。

しかし暴走族文化の拡大とともに、本来は「10代の若者が、学校や社会に反発していることを示す行動様式」とされた共同危険型暴走族は、次第にOBを含めた上下関係や既存の暴力団との繋がりを持ち、グループ内の制約遵守や規律を守らない構成員に対する制裁などの掟に、構成員はがんじがらめとなってきた。若者を取り巻く環境の変化に伴って、この厳しい伝統的拘束を嫌う傾向が青少年層に強く見られるようになる。

また、こうした主従関係の維持や、敵対組織に対抗する用意などには、強力なリーダーシップを持つ幹部主導者を必要とするが、大きな責任を背負って組織を運営していくほどの能力と意欲を持つ者が減少し、地縁関係で結ばれる先輩後輩関係の希薄化、集団行動への忌避意識の高まりといった風潮の影響も受け、組織を編成して暴走行為を行うスタイルは成り立ちにくくなってくる。

1980年代半ば以降、大都市においては、厳しい上下関係を嫌う者たちが、アメリカのストリートギャングを真似た「カラーギャング」や「チーマー」と呼ばれる集団へ流れる傾向が見られた。1990年代以降では少年向けファッション誌等の登場に代表されるファッション性重視の少年層増加に伴い、旧来の特攻服をまとったスタイルに垢抜けない「時代遅れ」的なイメージを持つ傾向が強まり、暴走族文化は若者の間で次第に廃れていった。

[編集] 違法競争型への移行と高年齢化

こうした流れを受け、仲の良い不良少年同士が組織やルールといった従来スタイルに囚われずに、多くても十数名程度の小集団で適当に集まって散発的な暴走行為を行うケースが主流となった。これらでは、従来の「ヤンキースタイル」をしているケースは稀で、大集団となる傾向は見られない。また、バイクのアクセル音でリズムを刻むことを追求したり、ただ単に「乗りたい」というだけの共同危険型暴走族や、走りを重視するゼロヨンやドリフト族などの違法競争型暴走族に姿を変えつつあるなど、社会への反抗といった思想性や既存の特定集団への帰属意識は薄れている。1990年代以降は、違法競争型暴走族の存在感が相対的に増したことで、彼らが高速道路や山岳道路を占拠する状況が社会問題として取りざたされることが増えてきた。

一方で、地方では「ヤンキースタイル」が社会的反抗の様式として伝統的に残っている地域・集団もあり、ある種の「モラトリアム・ファッション」として共同危険型暴走族の形を取る少年が見られる。ただ、これらは1980年代の懐古趣味スタイルという位置付けで、個人が単なるファッションとしてそれを行っているに過ぎないケースも多く見られ、やはり思想背景は含まないものとなっている。

社会環境としても、地域の繁華街や観光地・イベントで周囲を威嚇するなどの行為への対策として、2002年広島市で暴走族追放条例が施行[5]されたのを皮切りに、全国の自治体で暴走族の取り締まりを目的とする条例を制定する動きが広がった。2004年11月1日には、道路交通法改正により、共同危険行為の摘発に際して必要だった被害者の証言が不要となり、現場の警察官の現認のみで逮捕が可能となった。全国のグループ構成員の総数は、1982年の4万2510人をピークとしてその後は減り続け、2005年には1万5086人となっている。

また、若者離れの影響により、従来であれば後輩を加入させることで「成人したら引退する」といった慣習があったとされる共同危険型暴走族では、既存構成員が成人になった後もずるずると所属し続けたり、勢力維持のために成人OBを呼び戻す例が増えるようになった。警視庁の調査結果によると、暴走族構成員の平均年齢は上がってきており、2006年では6割が成人であるとする統計もある。2000年前後からは、「旧車會」と称して、共同危険型暴走族を引退した後も楽しさを忘れられない者や、少年期に憧れながら加入していなかった者などの成人が集まり、自らの少年時代に新車だったバイク(現在では旧車)を改造して活動する成人版・共同危険型暴走族も現れるようになった。加えて違法競争型暴走族の場合は、もともと共同危険型暴走族よりも年齢層が高めな傾向がある。相対的に少年層よりもこれらの活動のほうが活発という地域も発生し、30~40歳代の成人が検挙されるなど、暴走族の平均年齢を押し上げる要因となっている。


[編集] 暴走族と社会

暴走族は主に、学業に付いていけなかったり、家庭の事情(場合によっては育児放棄状態にあるケースも)で家に居辛いといったような理由を持つ少年・少女が、既存のグループに居場所を探し、合流する形でそのスタイルが形成されていった。ドロップアウト・若しくは吹き溜まった格好で集まったこれら不良少年等の中に、特定のスタイル(ファッションや自負)が生まれると、これを取り上げた暴走族漫画(具体的作品は該当項に譲る)などのメディアで興味を持った少年を更に集めていった。

これらは社会から「社会に適応する準備段階に於いて発生する反発」や「(まだ)方向を見出せない若いエネルギーの発散」の範疇と見なされ、モラトリアム行為として、近所迷惑・傍迷惑とはされながらも、ややもすれば容認される傾向も見られ、警察側も無理な追跡は(事故を防止する上でも)避けるといった傾向も見られた。

ただ、社会の寛容さを試すかのように、深夜にわざと爆音を響かせるなど次第に迷惑度を高めたため、近年では警察の取り締まり強化により集団暴走行為が違法化されたこともあって、多台数での暴走そのものが難しくなり、一人もしくは少数グループでゲリラ的に現れ、騒いではすぐに逃げるなどの散発的な活動が増えている。

その一方、暴走族を利用しようと考える社会集団も存在し、暴力団は暴走族を組織化、上納金を納めさせる事で一定の庇護や場所や資材・武器の提供を約束する。この中には違法な薬物[6]の提供も含まれ、これらの供給源と目されている。ただしだけは乱射事件などを起こした場合に社会的影響が大きい事や、暴力団との力関係を簡単に逆転させかねない事から供給されないとされる。

上納金は、暴力団組織の中では上位組織ほど集まるようになっているが、末端では上位組織に吸い上げられるだけで、末端組織自身ではある程度地道に金を稼がなければならず、縁日の屋台やお絞りのレンタル業・各種店舗の運営などといった活動で稼いでいるケースも多い。このため、上納金の支払いで汲々としている末端の弱小暴力団にとって、地域の暴走族はまたとない資金源となっており、これらの少年にアルバイトを世話する・パーティー会場を斡旋してパーティー券を販売させ稼がせるなどして、その収益の一部を手数料や上納金として徴収する。

こうして暴力団と一定の関係を持つ暴走族では、その一部が「暴走族卒業」後に暴力団員として雇用される事も見られ、単なるモラトリアム行動というよりも、犯罪予備軍・暴力団予備軍と見なされ、社会的に否定されるようになってきている。このため暴力団との関係を断つため暴走族を解散する場合も見受けられる。

また、2007年頃からの原油価格高騰により、暴走族内部では「原油価格高騰は死活問題」と問題視されていて、車輌のハイブリッド化等も含め、時代に即した新しいタイプの暴走族スタイルを構築していこうという動きも出ている。

[編集] 珍呼運動

「暴走族」や「走り屋」という呼称を格好良いと考える人々を揶揄し、迫力のない「珍走団(ちんそうだん)」という呼称に言い換えることによって格好悪いイメージに塗りかえ、参加者や憧れを持つ少年らを減らそうという「珍呼運動(ちんこうんどう)」がインターネット上で散見される。同様に仲間内の「専門用語」も格好悪く言い換えること(例:「レディース」→ 「女珍、女珍団(にょちん、にょちんだん)」、冬季の「徒歩暴走族」→「珍歩団(ちんぽだん)」、「特攻服」→「珍服、寿司屋の湯呑み」、「族車」→「珍車、珍装車」など)も提唱されている。福岡2003年から)や愛媛2004年から)などの県警察が暴走族追放キャンペーンの際に同語を用いているほか、一部のテレビ・バラエティー番組[7]漫画[8]で扱われているものの、報道機関や一般へは浸透しておらず、一部コミュニティにおける隠語の域を脱していない。

[編集] 暴走族の文化

共同危険型暴走族は、その集団固有のユニフォームを持っている場合があり、そこに当て字でわざと旧字体のような難しい字や意味のよくない漢字を用いた。

(例)「夜露死苦(よろしく)」「愛羅武勇(アイ・ラブ・ユー)」

服装は、かつては特攻服甚平などが多かったが、そういった文化が廃れた地域では通常の私服が多くなってきている。ヘルメットは基本的に着用しないか、被らずに首に引っ掛けるだけや、あご紐をきちんとかけていない、いわゆる半キャップ(半帽、半ヘル)姿が多く見られる。

違法競争型暴走族の車を待ち伏せして襲う「走り屋狩り」等を行う共同危険型暴走族も存在する。騒音や危険運転など両者の行為一般は似ている面が多く、いわゆる威圧、嫌がらせ目的であったり単に憂さ晴らしである場合が多いとされるが、それに加えて高級スポーツカーや大金を投じた改造車など、経済的に裕福そうな違法競争型暴走族目当ての恐喝、強盗行為も少なからず存在している。

[編集] 車両

[編集] 共同危険型の車両

共同危険型暴走族が乗る車両は、俗に「族車」と呼ばれる。騒音規制や二輪車・四輪車の規格・保安基準に違反している違法改造がほとんどで、走行特性は著しく悪化している。ローダウン車では一般道の数ミリ程度の凹凸でもシャーシ底面をぶつけて壊すことがあり、一般車には越えられる一部踏切等の段差を越えられない車両も存在する。マフラーを外したバイクやスクーターでは2サイクルエンジンの吸気効率の低下(→チャンバー)などといった制約を抱えており、極端な低速走行である事が多い。装飾部品はかつて、町工場クラスの所で製造されていた。特に二輪車の場合は盗難車を改造していることもよくあるため、盗難被害に遭って返って来た車両が、一般には乗用に適さないほどになっている事例もある。

バイクの場合、まず三段シート、爆音マフラー(消音部分がない直管、または大音響が出るような特殊構造)、絞りハンドル又はアップハンドルの装備が基本である。加えて派手なペイント、ツッパリテール、ロケットカウル、布たれ風防等の装飾部品を装着する。非常に高い二連ロケットカウルと電飾を装着した仕様は「ブチ上げ」と呼ばれ、一部地方都市で人気である。

ベースとなる車両は希少な1980年代の旧車が多い。ホンダCB400F(ヨンフォア)CBX400FCBR400FホークⅡ/ホークⅢ(バブ)スズキGS400EGSX400/250Eカタナ(ゴキ)GSX400/250E(ザリ)GT380(サンパチ)カワサキZ400FX(フェックス)KH400/250(ケッチ)ヤマハRZ250/350などが人気である。現行車のベースとしてZEPHYRCB400SFXJR400RインパルスZRX-2などもある。稀にスクーターを使用しているケースも見られる。

四輪の場合、ローダウン(シャコタン - 車高短)とタイヤのサイズダウン、サイレンサーを外した爆音マフラー装着が基本である。加えてロングノーズやデッパ(出っ歯 - 鋭利なチンスポイラー)、竹槍マフラー(跳ね上げた長いマフラー)、オーバーフェンダー等の装飾部品(ここでも実用性より見た目が重視されるため、走破性は格段に低くなる)を装着することが多いが、最近では、違法競争型暴走族のようにエンジン内部まで手を加えてある本格的なチューニングカーも少なからず見られる。

ベースとなる車両は1980年代の旧車や、3ナンバーのセダン(特にFR車)が多い。また、ワゴン車を派手に改造・装飾するバニングも古くから人気があり、これらでは精細なペインティングが施された物も見られる。ベースとなる車は、ハイエースエスティマキャラバンS-MXといった、商用バンやミニバンが多い。他には、中古化した高級サルーンに独特の改造を施した「VIPカー」と呼ばれる物もある。ベースとなるのはマークIIチェイサーアリストソアラクラウンセルシオセドリックローレルなどで、トヨタ日産の人気が高く、いわゆる「スポーツカー」といわれる車(ランエボインプレッサなど)はほとんど使われないが、これは単にトヨタ・日産以外の国内メーカーがラグジュアリーカー開発に事実上失敗していることや、逆にそのようなメーカーがスポーツカー開発では一定の成果を収めているだけに過ぎない。おそらく、単純に彼らが改造のベース車とする中古車価格の問題と思われる(ラグジュアリーカー市場は節税対策としての企業の社用車需要もあって新モデルに注目が集まり旧モデルが定期的に放出されるが、スポーツカー市場では車種ごとに熱心なファンも存在するためそもそも中古で出回る数も少なく、市場価格は高値安定傾向にある)。

[編集] 違法競争型の車両

ニ輪車の場合、ベースとなる車両はスーパースポーツが多い。

四輪車の場合、ベースとなる車両はスポーツカーもしくはそれに準ずるものが多い。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

走り屋#車両も参照。

[編集] 積雪地域

豪雪地帯では、冬季に積雪凍結によって車両がスリップし易くなり、警察に追われた場合に暴走族自身に命の危険が及ぶため、シーズンオフが存在する。これらの地域では、活動停止期間の存在から年間を通じて組織を維持することが困難となり、構成員が少ない傾向がある。すなわち、冬季の積雪量・気温に依存した気候の影響で、構成員の分布には「北限」が存在する。太平洋側では宮城県、日本海側では新潟県が、シーズンオフのない北限といわれている。

例外的存在として、北海道札幌市には「徒歩暴走族」「徒歩族」が存在する。冬期に札幌の繁華街である大通すすきの狸小路、あるいは、外の寒さを逃れて地下街に出没し、特攻服などの衣装を身につけ、集団で円陣を組んだり列を組んで練り歩き、グループ名を大声で連呼したり、周囲の買い物客や店員を威圧する者もいる。徒歩は「暴走」ではないが、暴走族がオフシーズン中の組織維持に行う活動なので、このように呼ばれている。

豪雪地帯以外でも、祭りなどで大規模な交通規制が敷かれる際に、バイク等の車両に乗らず騒いだり暴徒化する例もあり、この場合も「徒歩暴走族」と言われることがある[9]

[編集] 暴走族を扱った雑誌

笠倉出版社刊の「チャンプロード」という専門雑誌が、暴走族文化の維持に一役買っているという見方をする者もいる。

[編集] 海外の暴走族

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走り屋#海外の事例も参照。

[編集] 米国

米国でも、昼間にフリーウェイを集団で爆音を立てながら大型オートバイで疾走する事を好むような連中がおり、これらは モーターサイクル・クラブMotorcycle club) と呼ばれ、カリフォルニアなど一部の都市周辺部・郊外での活動も見られる。ただ米国ではこれら集団の立てる爆音も、国民性にも絡んで寛容な傾向が見られ、またこれら集団の構成員も30代・40代といった大人が多く、健全な趣味の範疇として扱われる。主に1970年代の懐古スタイルである場合が多く、ハーレーダビッドソンの二輪車を好むとされる。

これらの集団は季節労働者として全米を移動しながら活動していると見られており、また健全な趣味として認知されるべく、ハイウェイ周辺のゴミ拾い活動を展開するなど、社会奉仕活動に率先して従事する姿も見られる。その多くは成人の肉体労働者(ブルーカラー)であるため、自身の健康を損なう麻薬には手を出さない・社会のルールを守るなど、一定の自負をもって活動している様が見られ、日本の反社会的な存在としての暴走族とは大きな違いがあり社会的に容認されている。

しかし、その一方で、ヘルズ・エンジェルスHells Angels - 地獄の天使達)に代表されるモーターサイクル・ギャングMotorcycle gang)と呼ばれる組織化された違法行為に従事する大型オートバイを乗り回す団体(ギャング)があり、こちらは日本の暴走族に極めて近い性格を持つが、やはりその構成員は大人が多く、日本の暴走族のような他の組織の下部構造ではなく、独立した暴力団組織と見なされるなどの傾向が見られる。

ヘルズ・エンジェルスは1948年カリフォルニア州で結成されたが、売春麻薬の売買で挙げた利益、またはマネーロンダリング等により、社会問題化された1960年代には年10億ドルの闇利益を得ていたとFBIでは見ている。同団体はしばしば反体制のアンチヒーローのように見なされる事もあり、度々メディア上にも登場するものの、白人至上主義を掲げたりといった問題行動が見られる。
同団体はMotorcycle clubであると自称しながらも、カナダ・ケベック州では1994年より爆弾の使用や対立組織への抗争等により、巻き添えを含む100名以上の死傷者が発生している84の事件・放火や行方不明に絡む130の事件に関与していると考えられている。

ただ、この犯罪組織であるMotorcycle gangのスタイル(ファッションなど)は健全な趣味の範疇にあるMotorcycle clubに継承されているケースが多く、外見上で両者を見分けるのは困難なようである。

[編集] 韓国

一方韓国でも2005年頃からポクジュジョク(폭주족:暴走族のハングル読み)と呼ばれる集団が3月1日三・一独立運動8月15日光復節の記念日にあわせて国旗を掲げて大韓民国国会議事堂を目的地にソウル特別市を集団暴走する事象が発生している。別名「反日暴走族」と呼ばれているが、暴走族漫画や初日の出暴走に感化された者が多い。中には民間の救急車レッカー車も暴走に加わり取締りを妨害する事例も報告されている。構成員は特に中高生が多く、暴走族専用のネットカフェも存在するほどで、車線逆走や信号無視などの危険運転やそれに伴う死亡事故が相次いでいる事から、韓国では社会問題ともなっている。警察では毎年暴走シーズンになると警官や警察車両などを大量に投入しているが、数が多い事から対応できず、ナンバー読み取り用のカメラを設置したりする等の対応に追われているのが現状である。

[編集] タイ

タイでも、首都バンコク等で暴走族が出没するようになった。タイでも現地語に訳された日本の『暴走族漫画』が幾つか出版されており、日本や前述の韓国同様、それらを読んだ若者達が感化され、夜中に大勢でバイクに乗って騒音を撒き散らしたり、スピード違反や信号無視などの『交通ルール違反』を犯している。これらの無謀運転により事故も誘発され、暴走族自身や事故の巻き添えになった一般人に死傷者も出ている。所得格差のためか、彼等の乗るバイクの殆どが『盗難車』である。タイの現地警察も現状を見かねて強硬姿勢で暴走族の摘発に取り組んでいる。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 特に大規模な抗争の例として、1975年6月8日に国道134号で、東京の暴走族(ブラックエンペラー、ルート20、スペクター、アーリーキャッツなど)400名と、神奈川と横須賀の暴走族(ピエロ、ホワイトナックル、崇族、邪道会など)の連盟200名が、同年5月8日に起こった傘下グループ間の諍いを理由に大乱闘を行った。4台の車両が炎上、21台が大破、相当数の負傷者を出した。後に神奈川県警の鎌倉警察署はこの件に関する捜査本部を設置し、抗争に関与した者の一部を逮捕した。
  2. ^ 特に大規模な暴動の例として、1975年5月17日に兵庫県神戸市で、約3,000名の群衆が250台の暴走族車両と合流しフラワーロードを占拠した。タクシーを横転させ、立看板に放火、建物の窓ガラスを割り、警察官や派出所へ投石し44名の警察官を負傷させた。また同日には愛知県岡崎市でも、約500名の暴走族と約1,000名の群集が国道を占拠し、愛知県警の警察部隊と衝突する事件があった。
  3. ^
    警察庁資料(1975年)
    年齢構成   職業構成
    年齢 東京 神奈川 秋田 大阪 職業 東京 秋田
    15歳以下 0.3% 0.5% 高校生 45.0% 9.0%
    16歳 19.3% 10.8% 1.3% 大学生 5.4% 1.5%
    17歳 35.4% 24.2% 10.0% 公務員 0.5% 1.3%
    18歳 13.5% 20.8% 15.1% 8.8% 会社員 12.8% 15.8%
    19歳 12.2% 13.8% 15.1% 31.6% 店員 11.4% 17.6%
    小計 80.4% 69.9% 41.9% 40.3% 運転手 3.9% 5.6%
    20歳 9.8% 13.7% 23.8% 21.6% 自動車修理
    21歳 4.3% 7.6% 17.9% 10.0% 工員 9.2%
    22歳 1.4% 3.3% 7.9% 9.1% 土建業 3.6% 12.8%
    23歳 2.0% 2.8% 4.9% 4.1% 農業 11.8%
    24歳 0.7% 1.5% 1.5% 2.8% 家事手伝い 6.4%
    25歳 1.2% 0.5% 2.0% 2.2%(※) 無職 2.0% 11.8%
    26歳以上 0.7% その他 6.1%
    サンプル数 4,994名 1,201名 391名 320名 サンプル数 4,994名 391名

    ※25~29歳まで

  4. ^ キャロルクールスダウン・タウン・ブギウギ・バンド、1980年にデビューした横浜銀蝿など
  5. ^ 広島市では、暴走族が「えびす講祭り」を幹部卒業式と位置づけて、集団で練り歩くなどの示威活動を行って来た背景があり、祭り自体の治安悪化が問題となっていた。この条例制定以降はえびす講期間中における暴走族のトラブルは激減した。→参考:1999年胡子講暴挙事件広島市暴走族追放条例事件
  6. ^ 古くはLSD (薬物)覚醒剤シンナートルエンを、近年ではMDMA
  7. ^ ダウンタウン松本人志は、日本テレビダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で、深夜、暴走族が出す騒音に悩まされた話をした後「暴走族なんて呼び方は止めて、珍走団と呼ぶべき」と発言し、著書の『松本人志の人生相談 プレイ坊主』(集英社)にも「暴走族を珍走団と呼びかえる動きがある」と書いている。また、よみうりテレビたかじんのそこまで言って委員会』で、「援助交際」、「プチ整形」等の、罪悪感を薄れさせる言い換え語への反発から生まれた「マイナスイメージに塗りかえる言い換え語」の一例として、珍呼運動が取り上げられた事がある。
  8. ^ 週刊ヤングジャンプ連載奥浩哉作『GANTZ(ガンツ)』と、月刊少年エースに連載されていた大和田秀樹作『警死庁24時』に『珍走団』と呼ぶシーンがある
  9. ^ 神戸新聞「姫路ゆかたまつり 若者暴徒化 歯止めなく」(2006年5月19日)

[編集] 参考文献

  • 『世界大百科年鑑スペシャル 1973~79』 平凡社 1980年5月10日
  • 『世界大百科年鑑 1981』 平凡社 1981年4月20日
  • 『世界大百科年鑑 1982』 平凡社 1982年4月12日
  • 『暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛』 佐藤郁哉著 新曜社 1984年10月