王子
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王子(おうじ)は、王の子弟として出生し王位の継承権を有するが、まだ王として即位してはいない男子のこと。またはその称号。また転じて日本の神仏の名にも用いられ(王子#王子信仰)、そこから派生して日本の各地に地名として点在している(王子#地名の王子)。また、琉球の位階のひとつ。
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王の子弟の称号
中国では王の身分を帯びた支配者の子を指す語として古くから広く用いられた。仏典では、サンスクリットで「王の子息」を意味するラージャプトラ(rajaputra)の訳語として王子が用いられ、例えば出家前の釈迦(ブッダ)は釈迦族の王子であると記されている。
同じようにこの語はヨーロッパ各国の王の子弟を指しても用いられるようになり、彼らの帯びる称号であるプリンス(英語:prince)が王子に対応する訳語となっている。
日本では、大王・天皇の子弟は古くは「皇子(おうじ、みこ)」と称したものの、律令制の施行以降は「王」あるいは「親王」と呼ばれるようになったので、制度として王子という語は使われていない。しかしそれにかわって、信仰の対象として王子と呼ばれる日本特有の神仏が信仰されるようになった。
現代日本語における「王子」
王の子弟という意味での「王子」は中世が武家社会であった日本ではなじみがなく(かろうじて相当しそうなのが「若」である。『若さま侍捕物手帖』など)、「プリンス」の訳語として「シンデレラ」や「白雪姫」に登場する王子、また「眠れる森の美女」のフィリップ王子など、西洋のおとぎ話を通じて定着した層がある。そのため、日本では「若い」「眉目秀麗」「凛々しい」「気品がある」「爽やかな笑顔(雰囲気)」といった、「貴公子」同様の観点で用いられ、双方の意味が混同した結果、ニックネームの一部として使用されることがある。[要出典]
現代日本で「メディア王子」とされる人物
- 「斎藤佑樹、ハンカチ王子 元祖王子」
- 「ダース・ローマシュ匡、号泣王子」
- 「由規、号泣王子(他「みちのくのプリンス(王子)K」とも言われた)」
- 「唐川侑己、唐揚げ王子」
- 「浅尾拓也、速球王子」
- 「板東英二、ゆで卵王子」
- 「石川遼、ハニカミ王子」
- 「錦織圭、テニスの王子様」
- 「宮崎大輔、ハンド王子」
- 「石井慧、丸刈り王子」
- 「内村航平、体操王子」
- 「入江陵介、背泳ぎ王子」
- 「池田信太郎、泣き虫王子 日本バドミントン界の王子様」
- 「太田雄貴、フェンシング王子」
- 「沖口誠、跳躍王子」
- 「橋下徹、クルクル王子」
- 「堂本光一、スシ王子」
- 「熊谷東裕樹、社交界王子」
- 「早乙女太一、流し目王子」
- 「寺田龍平、秀才王子」
- 「小沢健二、渋谷系王子」
- 「上地雄輔、ブログ王子」
- 「赤城徳彦、バンソウコウ王子」
- 「マシュリク、マイクの王子」
- 「香田晋、ハチマキ王子」
- 「張泰山、森林王子」
- 「ジェイソン・ルイス、キス王子」
- 「張棟梁、微笑み王子」
- 「ジェイ・ショーン、新美メロ王子」
- 「福田康夫、投げ出し王子」
※ただし、罵倒するための語として、「ハゲカケ王子」・「ハイカン王子」・「ハイカイ王子」・「ハラグロ王子」・「カミカミ王子」・「恐妻王子」のように揶揄する言葉としても使われることがある。 また、女性の監禁行為を複数回行った犯罪者が、自らを王子と称し呼ばせていたことによる、「監禁王子」といった用例もある。
女性週刊誌などでもイギリスのウィリアム王子、ヘンリー王子、オランダのウィレム王子、スペインのフェリペ王子、デンマークのフレゼリク王子などを「イケメン王子」として取り上げても、徳仁親王や文仁親王、年配者であるイギリスのチャールズ王子を取り上げることは少ない。[要出典]
追っかけも参照。
これ以前には前述のように貴公子が用いられていた。“ニットの貴公子、広瀬光治” “微笑みの貴公子、ペ・ヨンジュン”が好例である。
本物の王子
世界には公式に王子とされる人物がいる。ただし各国で称号が異なるため、称号を日本語訳した場合に必ずしも王子となるわけではない。日本のメディアで扱われる際に、敬称に“~王子”と付けられる(付けられたことがある)人物は以下の通りである。
- ウィリアム王子(イギリス)
- ヘンリー王子(イギリス)
- ヨキアム王子(デンマーク)
- クリスチャン王子(デンマーク)
- アンドレア王子(モナコ公国)
- ロラン王子(ベルギー)
- 金正男王子(北朝鮮(特に王子の称号が付けられているわけではないが、たかじんのそこまで言って委員会では、ワイルド系王子様として「北の王子様、金正男君」と紹介された。))
王子信仰
日本には古来、本宮と呼ばれる神社の主神からその子供の神として分かれでた神格を祀ったり、巫女的な性格をもつ母神とその子神をあわせて祀る信仰があり、これを若宮(わかみや)あるいは御子神(みこがみ)と呼んでいた。のちに仏教と神道の習合が進むと、仏教の神格のひとつで、図像では仏に顧従する児童の姿で表現される「童子」が若宮と習合され、王子と呼ばれた。また、王子をまつる社(やしろ)も王子とよばれることがある。
このような習合が顕著だったのは熊野権現信仰においてであり、平安時代の末期に熊野十二所権現のうちの五柱である五所王子と呼ばれる神々が信仰されるようになった。そのひとつである若王子(にゃくおうじ)あるいは若一王子(にゃくいちおうじ)は少年あるいは少女の姿であらわされる神で、全国の熊野信仰において熊野権現を勧請する際に、多くの場合この神が祀られた。
また同じ時期には祇園社の牛頭天王や日吉大社の山王権現の眷属神として王子の姿をした八柱の神格である八王子権現があらわれ、病気を払う力をもった霊威あらたかな神として広く信仰された。
地名の王子
王子信仰の隆盛とともに、王子信仰の社がある場所が王子の地名で呼ばれることが増え、王子の地名が全国に広がった。
東京都北区の王子もそのひとつで、若王子権現の社(現王子神社)があったことからついた地名である。また同じく東京の八王子は、地名の起こりである八王子城が八王子権現の社(現在の八王子神社)がまつられた山に築城されたことに由来している。
ただし、王子の地名は「窪んだ土地」を意味する「おほち(おおち、島根県の邑智郡など)」あるいは「あふち(おうち、凹地)」に由来しているものもあるという説もある。それによれば窪地であるから「おおち」と呼ばれた、あるいは高いところから窪んで急に落ち込んだ坂のことを「おおちの坂」と呼んだことからついた地名である。先述の王子の場合、石神井川に面した丘陵の上にあり、南の滝野川地区に向かって急な坂となっている。

