片山豊

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片山 豊(かたやま ゆたか、1909年9月15日 - )は、日本の企業家である。静岡県周智郡気多村(現在の浜松市天竜区春野町気田)生まれ。

モットーは「Love life, love cars」。

経歴[編集]

湘南高等学校を卒業後、慶應義塾大学を経て1935年日産自動車へ入社。戦前は国内で宣伝を担当した後、満州国に赴任。戦後は日本に戻り、再び宣伝を担当。この頃、日本での自動車ショーの開催を発起し、1954年東京モーターショー(全日本自動車ショウ)初開催に尽力している。1960年、渡米。主にロサンゼルスを中心に、ディーラーに飛び込みでダットサンを売り歩く。これに対し日産本社の反対勢力は、米国での拠点をニューヨークに置く計画を進め、圧力をかけるが、北米の自動車事情に精通する片山の前に失敗に終わる。

晴れて片山は米国日産の初代社長となり、日本車の機能性と、日本人の特性を生かした細やかなサービスで、日産車を米国に浸透させた。

社長室のドアはいつも開け放たれ、誰もが自由に出入りできる環境をつくるなど、フランクで自由を尊重する人柄でも知られ、社員からはMr.K(ミスターK)と呼ばれ、慕われていた。

また、フェアレディZの生みの親として後に米国自動車殿堂入りしているが、エンジニア以外での殿堂入りは非常に稀な例である。Z-car Festaを初めとするイベントにも頻繁に出席しており、「Z-car(ズィーカー)の父」として各国で知られている。ファンへのサインに添えられる言葉には「Live life, love cars」の他、「快走」もある。

2005年5月22日には「生まれ故郷であり、自然に恵まれた春野を皆さんに紹介したい」との豊の言葉から、春野町が主催となり春野町民、日産自動車、フェアレディZオーナーズクラブ(D.S.C.C.中部)を中心に「K'z meeting in HARUNO」が開催され、本人も出席。春野の山間にある「ふれあい公園」には全国から歴代フェアレディZ約700台と、町民を含め約5,000人が集った。自治体、自動車メーカー、ユーザーが一体となった自動車イベントは他に例が少なく、今なお語り継がれている。また、2007年には、浜松市春野歴史民俗資料館にて「Zの父・片山豊展」が開催された。

現在、浜松市の「浜松市やらまいか大使」として浜松市のPR活動も行う。

長男は元日本代表サッカー選手の片山洋で、メキシコ五輪銅メダリスト。

関連書籍[編集]