漸近展開

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漸近展開(ぜんきんてんかい、: Asymptotic expansion)とは、与えられた関数を、より簡単な形をした関数列の級数として近似することをいう。テイラー展開は漸近展開の特別な場合であるが、漸近展開で得られた級数の値は、必ずしも元の関数の値に収束するとは言えない。しかし、関数の性質を調べる際、元の関数の形では扱いが難しい場合、漸近展開によって元の関数を級数の形で近似することにより、関数の性質が得られることがあり、漸近展開は解析学では重要な手法の一つである。

漸近級数[編集]

関数 \scriptstyle f(x)\! を定義域が実数の領域で定義された関数とし[1]x_0\scriptstyle f(x)\! の定義域内の点とする。

関数列 \scriptstyle\{ \varphi_n(x) \}_{n\ge 0} が次の条件を満たすとき、漸近関数列という。

  • \varphi_{n+1}(x) = o(\varphi_{n}(x))\ \ \ (x\to x_0)\ \ \ \ (n = 0,\ 1,\ 2,\ldots)

実数列 \scriptstyle\{ a_n \}_{n\ge 0} が存在して、任意の正整数 n に対し


f(x) - \sum_{k=0}^n a_k\varphi_k(x) = o(\varphi_n(x))\ \ \ \ \ (x\to x_0)

が成立するとき、


\sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)

\scriptstyle f(x)\!漸近級数といい、


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)

と表す。

さらに、漸近級数が次の条件を満たすとき、ポアンカレの意味での漸近級数または狭義の漸近級数という。

  • 任意の正整数 n\scriptstyle f(x)\! の定義域内の x に対して
\left|f(x) - \sum_{k=0}^n a_k\varphi_k(x)\right| < |a_{n+1}\varphi_{n+1}(x)|
が成立する。

漸近関数列が \scriptstyle\{ (x-x_0)^n \}_{n\ge 0} \scriptstyle(|x_0|<\infty) または \scriptstyle\{ x^{-n} \}_{n\ge 0} \scriptstyle(|x_0|=\infty) の形の漸近級数を、漸近冪級数という。

与えられた漸近関数列を用いて、\scriptstyle f(x)\! の漸近級数を得ることを漸近展開といい、 \scriptstyle f(x)\! の漸近級数 \textstyle\sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x) が存在する場合、 \scriptstyle f(x)\! は漸近展開


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)

を持つという。

性質[編集]

一意性[編集]

任意の関数 \scriptstyle f(x)\! に対して、\scriptstyle f(x)\! に対する漸近級数は存在しても唯一とは限らない。 例えば

  • 1/(x-1)\sim\sum_{k=1}^{\infty}x^{-k}\ \ \ \ (x\to\infty)
  • 1/(x-1)\sim\sum_{k=1}^{\infty}(x^2+x+1)x^{-3k}\ \ \ \ (x\to\infty)

しかし、与えられた漸近関数列に対する漸近級数は存在しても唯1つしか存在しない。 従って、ある点でテイラー展開された冪級数は、その点での唯一の漸近冪級数である。

さらに、漸近級数の各係数は


a_0 = \lim_{x\to x_0} f(x),\ \ \ \ \ a_n = \lim_{x\to x_0} \frac{f(x) - \sum_{k=0}^{n-1}a_k\varphi_k(x)}{\varphi_n(x)}\ \ \ (n\ge 1)

で与えられる。

和と積[編集]

x_0 の近傍で定義された関数 \scriptstyle f(x),\ g(x) は、漸近関数列 \scriptstyle\{ \varphi_n(x) \}_{n\ge 0} に対する漸近展開


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)\ \ \ \ \ g(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}b_k\varphi_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

を持つとする。このとき、任意の α、β に対して


\alpha f(x) + \beta g(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}(\alpha a_k + \beta b_k)\varphi_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

が成立する。

さらに、漸近関数列が \scriptstyle\{ \varphi(x)^n \}_{n\ge 0} \scriptstyle(\varphi(x)\to\infty\ (x\to x_0)) である場合、


f(x)g(x) \sim \sum_{n=0}^{\infty}c_n\varphi(x)^n\ \ \ (c_n = \sum_{k=0}^n a_kb_{n-k})\ \ \ (x\to x_0)

が成立する。

項別微分[編集]

一般に、関数を無限級数で表したとき、項別微分した関数が元の関数を微分したものと一致しない様に、漸近級数も項別微分した級数は、元の関数を微分した関数の漸近展開になるとは限らない。 項別微分した関数が漸近展開したものにあるかは、元の関数や漸近関数列によって決まる。

漸近関数列 \scriptstyle\{ \varphi_n(x) \}_{n\ge 0} は各 n に対して、x_0 の近傍で微分可能であり、関数列 \scriptstyle\{ \varphi'_n(x) \}_{n\ge 0} が漸近関数列である場合、以下のことが成立する。

\scriptstyle f(x)\! は、x_0 の近傍で微分可能であり、


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

となる漸近展開を持ち、\scriptstyle f'(x)\! が漸近関数列 \scriptstyle\{ \varphi'_n(x) \}_{n\ge 0} を用いて漸近展開することができるのであれば


f'(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi'_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

が成立する。

項別積分[編集]

\scriptstyle|x_0|<\infty とし、\scriptstyle f(x)\! の漸近展開を


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\varphi_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

とする。定積分


\Phi_n(x) = \int_{x_0}^x\varphi_n(t)dt

が各 n に対して存在するならば、


F(x) = \int_{x_0}^x f(t)dt

が存在して、


F(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}a_k\Phi_k(x)\ \ \ (x\to x_0)

が成立する。

\scriptstyle x_0=\infty のときは、漸近関数列によっては上式のままではうまくいかない。 例えば、漸近級数が漸近冪級数


f(x) \sim \sum_{k=0}^{\infty}\frac{a_k}{x^{k}}\ \ \ (x\to\infty)

を持つ場合、


\int_{x}^{\infty}\left(f(t) - a_0 - \frac{a_1}{t}\right)dt \sim \sum_{k=2}^{\infty}\frac{a_k}{(k-1)x^{k-1}}\ \ \ (x\to\infty)

とする必要がある。

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(1) スターリングの公式の一般化[編集]

ガンマ関数


\Gamma(x+1) \sim \sqrt{2\pi x}\left(\frac{x}{e}\right)^x \left(1+\frac{1}{12x}+\frac{1}{288x^2}-\frac{139}{51840x^3}-\cdots\right)\ \ \ (x\to\infty)

という漸近展開を持つ。特に、x が正整数のときは階乗の漸近展開を与え、スターリングの公式よりも精密な近似級数になっている。

(2) 誤差関数[編集]

誤差関数


\operatorname{erfc}(x) = \frac{2}{\sqrt{\pi}}\int_x^{\infty} e^{-t^2} dt

は、以下の様な漸近展開を持つ。


\operatorname{erfc}(x) \sim \frac{e^{-x^2}}{\sqrt{\pi}x}\left(\ 1 - \frac{1}{2x^2} + \frac{1\cdot 3}{2^2x^4} - \frac{1\cdot 3\cdot 5}{2^3x^6} + \cdots\right)\ \ \ (x\to\infty)

(3) 指数積分[編集]

指数積分


\operatorname{Ei}(x) = \int_x^{\infty}\frac{e^{x-t}}{t}dt

の漸近展開は、


\operatorname{Ei}(x) \sim \sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-1)^n n!}{x^{n+1}}\ \ \ \ (x\to\infty)

で与えられる。

(4) ラプラス変換[編集]

\scriptstyle f(x)\! を何回でも微分可能な関数としたとき、\scriptstyle f(x)\!ラプラス変換


F(x) = \int_0^{\infty}f(t)e^{-xt}dt

の漸近展開は、


F(x) \sim \sum_{n=0}^{\infty}f^{(n)}\frac{1}{x^{n+1}}\ \ \ \ (x\to\infty)

で与えられる。

(5) 微分方程式の解[編集]

微分方程式


x^2y'' + (3x+1)y' + y = 0
\!

の解は


y(x) = \int_{0}^{\infty}\frac{e^{-t}}{1+xt}dt

で与えられ、


y(x) \sim \sum_{n=0}^{\infty}(-1)^n n! x^n\ \ \ \ (x\to 0)

という漸近展開を持つ。しかし、上式の右辺は任意の \scriptstyle x\ne 0 で収束しないが[2]、右辺の級数は上記の微分方程式を満たす。

求積法等で厳密解を求めることが出来ない微分方程式に関しても、漸近展開によって近似解を得られる場合があり、これにより解の挙動を調べることができる。

(6) 調和級数[編集]

調和級数

H_n \sim \ln{n}+\gamma+\frac{1}{2n}-\sum_{k=1}^\infty \frac{B_{2k}}{2k n^{2k}}=\ln{n}+\gamma+\frac{1}{2n}-\frac{1}{12n^2}+\frac{1}{120n^4}-\cdots,

という漸近展開を持つ。ここで、\gammaオイラー・マスケローニ定数B_{k} ベルヌーイ数である。


注釈[編集]

  1. ^ 漸近展開は複素数の領域にも拡張することができるが、ここでは定義や結果等を簡単にするため、実数の領域に限定する。
  2. ^ x に対して、最初の数項(項数は x に依存する)までの和を取れば、積分表示された解のいい近似を与える。

参考文献[編集]

  • 大久保, 謙二郎、河野, 實彦 『漸近展開』 教育出版、東京、1976年
  • ハイラー, E. 『解析教程 上下』 蟹江幸博訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、東京、1997年
  • 柴田, 正和 『漸近級数と特異摂動法』 森北出版、東京、2009年

関連項目[編集]