滝鼻卓雄

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滝鼻 卓雄
(たきはな たくお)
出生 1939年8月14日(72歳)
日本の旗 東京府
出身校 慶應義塾大学法学部卒業
職業 読売新聞グループ本社相談役
子供 滝鼻太郎(息子

滝鼻 卓雄(たきはな たくお、1939年8月14日 - )は、日本新聞記者実業家株式会社読売新聞グループ本社相談役、株式会社読売巨人軍最高顧問学校法人慶應義塾評議員

株式会社読売新聞東京本社社長、株式会社読売巨人軍オーナーなどを歴任した。

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

東京府出身。東京都立西高等学校慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学在学中、新聞研究所(現メディアコミュニケーション研究所)にも所属し、マス・コミュニケーションを学ぶ。

[編集] 読売新聞社

1963年4月、読売新聞社入社。社会部中心に記者として活動する。

2004年8月、明治大学一場靖弘投手(後に楽天ヤクルト)を巡る裏金事件で引責辞任した渡邉恒雄オーナーに代わり、第4代目の読売ジャイアンツオーナーに就任。ポスト渡邉をめぐって内山斉とライバル関係にあるとみられたが、親会社である読売新聞グループ本社などの役員を退任し、オーナー職に専念する形となった。

[編集] 読売ジャイアンツ

巨人オーナー就任後は積極的にメディアに登場している。選手間で怪我人が続出した時には「東京ドームの屋根を取り払って天然芝の球場にしたい」などのファンの意見も取り入れた発言も行っている。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震後、セ・リーグは全球団連名で「開催にあたっては原発問題、消費電力問題を含めて、政府、監督官庁などの指示に全面的に従っていきます。」と発表した[1]。しかし、蓮舫節電啓発担当相がセ・リーグの3月29日開幕の見直しを求めたことに対して滝鼻は3月22日に「開幕はお上(政府)が決めることじゃない。」と不快感を示した[2]

2011年6月7日、読売ジャイアンツオーナーを退任し、最高顧問に就任[3]

[編集] 読売新聞入社後の略歴

  • 1963年 - 読売新聞社入社
  • 1990年 - 社会部長兼法務室長就任
  • 1996年 - 総務局長就任
  • 1998年 - 取締役社長室長就任
  • 2002年 - 読売新聞グループ本社取締役、読売新聞東京本社専務取締役総務・広報担当就任
  • 2003年 - 読売新聞東京本社取締役副社長・編集主幹就任
  • 2004年 - 読売新聞東京本社代表取締役社長・編集主幹就任
  • 2004年8月13日 - 読売ジャイアンツ取締役オーナー就任
  • 2007年 - 読売新聞東京本社代表取締役会長就任
  • 2009年 - 読売新聞グループ本社相談役、読売ジャイアンツ代表取締役オーナー就任
  • 2011年 - 読売ジャイアンツ取締役最高顧問就任

[編集] 家族

2011年1月現在、息子の滝鼻太郎も社会部次長として読売新聞社に勤務している。

[編集] 脚注

[編集] 関連人物

ビジネス
先代:
渡邉恒雄
読売巨人軍オーナー
2004年 - 2011年
次代:
桃井恒和
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