満浦市

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満浦市
位置
DPRK2006 Chagang-Manpo.PNG
各種表記
ハングル 만포시
漢字 滿浦市
発音 マンポ=シ
日本語読み: まんぽし
ローマ字転写 Manp'o si
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満浦市(マンポし)は朝鮮民主主義人民共和国慈江道に属する市。

鴨緑江沿岸に位置する国境の都市で、対岸は中華人民共和国吉林省集安市である。川幅も狭く、集安側から満浦の市街地を望むことが出来るため、しばしば中朝国境地帯の取材で取り上げられる。

地理[編集]

慈江道中北部の鴨緑江に沿って伸びる郡。北東に慈城郡、東に長江郡、南に時中郡、西南に渭原郡がある。

対岸の集安との間には鉄道橋が架かっており、流通の拠点となっている。

歴史[編集]

かつては平安北道江界郡の一部で、満浦鎮と呼ばれた。

国境の要衝であり、植民地期には税関支署や守備隊が置かれている。1920年頃には満洲で活動する抗日パルチザンが攻撃している。1937年代には満洲への鉄道橋が架けられ、大日本帝国による満洲支配のための交通路の一つとなった。朝鮮戦争時には中国人民志願軍が集安から満浦に越境している。

年表[編集]

  • 1949年1月 - 平安北道江界郡の満浦面・高山面・吏西面・外貴面・時中面を合わせて慈江道満浦郡を新設。
  • 1952年12月 - 時中郡を分離、満浦面・高山面・吏西面・外貴面などを満江郡とする(22里)。
  • 1967年10月 - 満浦市に昇格した。

交通[編集]

  • 満浦線
  • 国境大橋 - 1937年に建設された鉄道専用橋。対岸の集安(中国)と結び、満浦大橋、集満大橋とも呼ばれる。貨物の輸送が主な用途[1]。国際列車も1日1便ある[2]

産業[編集]

亜鉛鉱山がある。また、満浦精錬所があり、銅の精錬が行われている。

脚注[編集]

  1. ^ デイリーNK「金正日訪中は満浦市住民も分からなかった」[1]
  2. ^ デイリーNK「北 “満浦市を現代的都市に再開発”」[2]

外部リンク[編集]