温庭イン

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本来の表記は「温庭筠」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
温庭筠
Wen Tingyun.jpg
温庭筠・『晩笑堂竹荘畫傳』より
プロフィール
出生: 812年
死去: ?
出身地: 山西省晋中市祁県
職業: 詩人
各種表記
繁体字 溫庭筠
簡体字 温庭筠
拼音 Wēn Tíngyún
注音符号 ㄨㄣ ㄊㄧㄥˊㄩㄣˊ
和名表記: おん ていいん
発音転記: ウェン ティンユン
ラテン字 Wen1 T'ing2yün2
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温庭筠(おん ていいん、812年 - ?)は、中国詩人太原祁県山西省)の人。元の名は(き)、飛卿(ひけい)。

晩唐期を代表する詩人の一人で、李商隠とともに「温李」と呼ばれる。しかし試験場で隣席の者のために詩を作ってやったり、遊里を飲み歩いて警官と喧嘩をしたりするなど、軽率な行為が多く、科挙には及第出来なかった。宰相・令狐綯(れいこ とう)の家に寄食したが、令狐綯を馬鹿にしたので追い出された。大中13年(859年)頃、特に召し出されて試験を受けたが、長安で任官を待つ間、微行していた宣宗に会い、天子と知らずにからかったので、随県湖北省)の尉に流された。襄陽(湖北省)刺史の徐商に招かれ、幕下に入ったこともあるが、満足せず、辞職して江東の地方を放浪し、最期は零落して死んだ。

現代には、『温飛卿詩集』九巻が残っている。

参考文献[編集]