海と毒薬
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『海と毒薬』(うみとどくやく)は、遠藤周作の小説。1958年発表。
太平洋戦争中に本土への無差別空爆を敢行し戦犯の容疑が向けられたB-29の搭乗員に対し、医療機関(小説においては「F市の大学病院」とのみあり具体的特定はされていない)において、臨床実験の被験者として使用した事件を題材に小説化したものと言われている。しかしながらストーリーの構成においてはかなり創作性の強い作品である。『神なき日本人の罪意識を問う』 と遠藤は主張している。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。熊井啓監督で映画化。
遠藤がF市の大学病院の建物に見舞い客を装って潜り込んだ際、屋上で手すりにもたれて雨にけぶる町と海とを見つめ、「海と毒薬」という題がうかんだという。評論家の山本健吉は、「運命とは黒い海であり、自分を破片のように押し流すもの。そして人間の意志や良心を麻痺させてしまうような状況を毒薬と名づけたのだろう」としている。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
目次 |
[編集] あらすじ
引っ越した家の近くにある医院へ、持病を治療しに通う男。男はやがて、その医院の医師・勝呂が、かつての解剖実験事件に参加していた人物である事を知る。
F市の大学病院の医師である勝呂。彼は、助かる見込みのない患者である「おばはん」が実験材料として使われようとする事に憤りを感じるが、教授たちに反対する事が出来なかった。当時、橋本教授と権藤教授は医学部長を争っていたが、橋本は前部長の姪である田部夫人の手術に失敗し、死亡させてしまう。名誉挽回するために、B-29の搭乗員の生体解剖を行い、勝呂と戸田も参加する事になる。
[編集] テーマ
クリスチャンであった遠藤が、日本人の行動原理とクリスチャンの行動原理の決定的な相違がある事を作品を通し描く。倫理的な規範を根本的な原理に入れているキリスト教と異なり、成文的な原理が無く、集団心理と現世利益で動く日本人の姿を描いている。登場する人体実験に関わった勝呂医師や看護師らは、人格的に元々問題のあるような人間ではなく、どこにでもいるような標準的日本人である。彼らは誰にでも起き得るような人生の挫折の中に居てその時たまたま、この人体実験に呼びかけられる。クリスチャンであれば原理に基づき強い拒否を行うはずだが、そうではない日本人は抑止させる原理が無く、あるいは周囲の人間の行動に自己の行動を合わせようとする日本人の持つ行動原理に従い参加してしまう。作品の初期に登場する中国で殺人・強姦を犯してそれをあっけらかんと話す元日本兵などは、恐らくその日本人の持つ行動原理の負の一例として過ぎ去る様に登場させていると思われ、最後に実験に参加してしまう勝呂達の行動を予感させる。
[編集] 批判・評価
現実の歴史を顧みれば倫理的規範が集団的心理に押し流されて残虐行為に至ってしまう例は日本に限ったことではなく、キリスト教国を含めた他の国にも同様に見られることである。それにも拘らずキリスト教徒は 『倫理的な規範を根本的な原理に入れている』 とし、日本人は 『倫理規範ではなく集団心理と現世利益で動く』 と決め付けている遠藤の意見は単なるキリスト教優越主義・欧米優越主義に他ならず、また日本人を過度にステレオタイプ化している(日本人論)という意見もある。
一方で遠藤の問題意識からこの作品を解放し、より普遍的次元で捉えるべきとする意見もある。即ち遠藤の日本人/クリスチャンの二項対立を退けながらも、平凡な人間とは薄弱な倫理的規範よりも集団心理(空気)に流されて残虐な行為をしてしまうものだということを鮮やかに描き出したという点で作品は評価されるべきという意見である。
「海と毒薬」発表後、遠藤は、この作品の第2部を執筆することを随所で示唆していたが、結局それは果たされなかった。小説発表後、事件の関係者の中には、遠藤が作品によって彼らの行為を断罪しようとしたのだと考え、そのことに対して遠藤に抗議の手紙を送った者もいた。こうした抗議に対して、遠藤は大変なショックを受け、その心中を実際に随筆等で吐露している。第2部を断念したのは、こうした抗議とは無関係ではないだろうと考えられている。[1]作品中に登場する勝呂医師は同氏の作品「悲しみの歌」において新宿の開業医として再登場している。
また、右翼・保守系の人間は、そもそも日本による戦争犯罪を取り上げること自体が国賊的行為であるとして、遠藤の作品を厳しく批判した。
[編集] 出版
[編集] 脚注
[編集] 映画化
映画監督の熊井啓によって1969年に脚本化されていたが、その内容のためにスポンサー探しに苦戦し、実際に映画化されたのは17年後の1986年のことであった。前評判を覆し、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した。詳細は「海と毒薬 (映画)」を参照。
[編集] 備考
女優の深田恭子は、感銘をうけた愛読書のひとつに本書を挙げている。


