浦川泰幸

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うらかわ やすゆき
浦川 泰幸
プロフィール
愛称 ウラウラ
出身地 日本の旗熊本県熊本市
生年月日 1971年5月21日(43歳)
最終学歴 立命館大学経済学部
勤務局 朝日放送
活動期間 1995年 -
ジャンル 報道情報番組
ラジオパーソナリティ
公式サイト アナウンサープロフィール 浦川泰幸
出演番組・活動
現在 おはよう朝日です
パネルクイズ アタック25
浦川泰幸の「劇場に行こう!」
過去 ABCミュージックパラダイス
ワイドABCDE~す』・『わいど!ABC
きになるオセロ
朝だ!生です旅サラダ
ラジオ・ニュースデスク

浦川 泰幸(うらかわ やすゆき、1971年5月21日 - )は、朝日放送(ABC)アナウンサーである。愛称は「ウラウラ」。

来歴・人物[編集]

熊本県熊本市の出身で、兵庫県川西市に在住。熊本県立済々黌高等学校から立命館大学経済学部へ進学した。高校の1年先輩に、くりぃむしちゅーがいる。

大学卒業後の1995年に、アナウンサーとしてABCへ入社。同期入社組に、アナウンサーの関根友実(現在はフリーアナウンサー)と、プロデューサー・ディレクターの内片輝などがいる。

ABCへの入社後は、ABCテレビワイドショー・情報番組や、ABCラジオの生放送番組を中心に出演。1998年4月から2008年3月まで10年間パーソナリティを務めた『ABCミュージックパラダイス』(ABCラジオの音楽番組)では、「いつも心は後ろ向き」をキャッチフレーズに、毒舌トークを披露していた。また、ABCラジオでは2007年10月から2010年3月まで、「ニュースデスク」という肩書で平日の午前中に生ワイド番組内の定時ニュースを担当。そのうちの1つである『おはようパーソナリティ道上洋三です』では、メインパーソナリティの道上洋三が良性髄膜腫摘出の手術で約3ヶ月間の休演を余儀なくされた2006年に、道上が復帰するまで先輩アナウンサー・三代澤康司とともにパーソナリティ代理を務めた。

2009年4月からは、ABCテレビ制作・ANN系列の生放送番組『朝だ!生です旅サラダ』(以下『旅サラダ』と略記)に、田中義剛の後任として1年間スタジオレギュラー(天気予報及び一部コーナーの進行担当)で出演。この番組への出演を機に、ABCテレビの看板番組で相次いで司会を務めるようになった。なお『旅サラダ』では、浦川が卒業した2010年以降も、ABCのアナウンサーから1名が交替でスタジオレギュラー陣に加わっている(2013年10月時点でのレギュラーは小寺右子)。

プライベートでは独身で、現在は「ズー」「ポー」という名のシーズーを飼育[1]2011年から出演しているABCの関連会社・ ABCハウジングのテレビ・ラジオCMでも、そのような生活を踏まえたセリフを自ら述べている[2]。また、大阪空港を離・着陸する飛行機が見える場所に一時期住居を構えていたほどの航空ファン。国産旅客機YS-11が日本国内の定期便での運行から引退した2006年9月には、『おはようパーソナリティ道上洋三です』(パーソナリティ代理で出演していた同月22日放送分)や、『ABCミュージックパラダイス』(同月30日放送分)でYS-11を解説していた。

『おはよう朝日です』の司会に抜擢[編集]

2010年3月29日からは、ABCアナウンサーからフリーアナウンサーに転じていた宮根誠司の後任として、ABCテレビの看板番組『おはよう朝日です』(平日版)の5代目司会を担当。同年のプロ野球シーズンには、スポーツ実況の経験がないにもかかわらず、『虎バン』(阪神タイガースの情報・ドキュメンタリー番組)のスペシャルコメンテーターを務めた。『おはよう朝日です』では、全編の進行にとどまらず、ABCラジオの「ニュースデスク」時代に続いてニュースコーナーで解説も担当している。2013年9月9日(月曜日)の放送では、「重大発表」と称して、同年12月に開催予定のホノルルマラソンで自身初のフルマラソンに挑戦することを表明した。

アノンシスト賞を受賞[編集]

2010年5月には、JNNJRN加盟局で優秀なアナウンサーを表彰する「アノンシスト賞」において、ラジオフリートーク部門の最優秀賞を受けた。2009年12月13日にABCラジオの『サンデーミュージックアワー 浦川泰幸の気分はトレンディ!』で放送された「いい夢旅気分」(時刻表と地図などで調べた情報だけを基に架空の旅行を紹介するコーナー)で「トワイライトエクスプレス」を語った際の内容が高く評価されたことによる[3]

『パネルクイズ アタック25』の代理司会から第2代司会へ[編集]

初代司会・児玉清(俳優)が体調不良のために収録を欠席した2011年3月31日収録分(4月17日・24日放送)から、急遽代理司会を担当[4]。当初は、この2回分のみ児玉の代理で出演する予定であった。しかし、その後も児玉の体調が回復しなかったことから、番組サイドは5月11日に児玉の無期限休養を発表。浦川は、5月15日放送分(5月12日収録)まで、引き続き代理司会を務めた。

結局、児玉は5月16日の午後に、のため77歳で死去。5月22日には、浦川の司会で収録済みだった『アタック25』の放送を休止する代わりに、同月19日に収録された児玉への追悼特別番組『さようなら児玉清さん 〜パネルクイズ アタック25特別番組〜』(5月19日収録)を放送した。この特別番組には、出題とアシスタントを担当する後輩アナウンサー・加藤明子と共に出演。収録後には、「病床の児玉さんから『浦川君なりのアタックをやってくれたらいいよ』とメッセージをいただきました」という思い出話を明かした[5]

翌週の5月29日放送分からは、正式に2代目司会者(新司会)へ就任[6]することとなり、「児玉さんに対し、恥ずかしくない司会をやっていきたい」と気を引き締めた[7]。同日の放送では冒頭において、児玉の死去を改めて伝えた。

番組公式サイトでは、2011年6月下旬の初登場から2012年3月まで、加藤とのツーショット画像しか出されていなかった2012年4月の番組リニューアルを機に、自己紹介を掲載。これを機に、携帯スマートフォン用公式サイトにも、加藤とともに画像を出すようになった。また、2013年7月1日には、テレビ朝日制作全国ネットの特別番組『お試しかっ!&Qさま!!2時間スペシャル』の後半パート「『Qさま!!』プレッシャーSTUDY『東京インテリ軍vs大阪インテリ軍』」に、「大阪インテリ軍」の5枠回答者として出演。司会を務める『おはよう朝日です』で収録への密着取材を敢行したほか、当日の番組表では、浦川について「アタック25司会参戦」と紹介していた。同年9月23日放送の「『Qさま!!』プレッシャーSTUDY『東京インテリ軍vs大阪インテリ軍 徹底比較!徹底対決!スペシャル』」にも、加藤の後任を務める後輩アナウンサー・角野友紀とともに出演している。

ちなみに浦川は、「代理司会に任命された時に思わず足が震えていた」と後に述懐している。「一人の視聴者として何度も見てきた番組だったため、『司会は簡単』と思いきや、細かな段取りなどで難しいところが多かったから」という。また、司会への抜擢から1年後の2012年3月に番組のリニューアルを実施した際には、新装されたスタジオセットについて「児玉さんが見ていたら恥ずかしい」と語っていた[8]

出演[編集]

テレビ[編集]

現在の出演番組[編集]

  • おはよう朝日です(平日版司会、2010年3月29日 - )
  • パネルクイズ アタック25(2011年4月17日 - )
    初代司会・児玉清が体調不良で2011年3月31日の収録を欠席したことを機に、当日の収録から代理司会を急遽担当。5月16日に児玉が逝去した為、第2代司会へ正式に就任した。
  • 虎バン(不定期でゲスト出演、2010年度には「スペシャルコメンテーター」を務めていた)
  • Qさま!!(テレビ朝日制作・全国ネット)
    2013年7月から、「プレッシャーSTUDY」の特別企画で「東京インテリ軍vs大阪インテリ軍」を放送する場合にのみ、「大阪インテリ軍」のメンバーとして学生服姿で出演。
  • ABC NEWS(随時)

過去の出演番組[編集]

以下は、テレビ朝日系列の全国ネット番組。

ラジオ[編集]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

CM[編集]

  • ABCハウジング(2012年 - 、テレビ・ラジオともABC・関西ローカル限定で放送、新聞広告にも登場)
    • 2013年10月以降のCMでは、既婚の後輩アナウンサー・武田和歌子と共演。

映画[編集]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ MSN産経デジタルwestに掲載のインタビュー記事「 【しあわせ時間】 朝日放送アナウンサー・浦川泰幸さん&ズー・ポー」上編(2013年2月9日分)および下編(同月16日分)を参照
  2. ^ ABCハウジング公式サイト「TVCMライブラリー」で公開中のCM動画を参照。
  3. ^ 第35回JRN・JNNアノンシスト賞 浦川アナがアノンシスト賞最優秀賞を受賞 (PDF)”. 朝日放送 (2011年5月16日). 2011年4月1日閲覧。
  4. ^ 読売新聞 (2011年4月1日). “児玉清さん、体調不良でアタック25の収録欠席” (日本語). 2011年4月1日閲覧。 なお同番組では、1984年に児玉が腹膜炎の発症で10月14日・28日放送分の収録を欠席した際に、板東英二が当該放送分の代理司会を務めていた。
  5. ^ “児玉さん、浦川アナへ助言「自分なりのアタックを」”. 共同通信. (2011年5月19日). http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011051901000891.html 
  6. ^ “「アタック25」児玉さん後任にABC浦川アナ”. スポーツ報知. (2011年5月18日). http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110518-OHT1T00036.htm?from=related 
  7. ^ “児玉清さん「胃カメラのんでおけばよかった」スタッフに漏らす”. スポーツ報知. (2011年5月20日). http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110520-OHT1T00002.htm 
  8. ^ “「アタック25」リニューアル!浦川アナ「児玉さんが見ていたら…」”. スポーツニッポン. (2012年3月23日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/03/23/kiji/K20120323002883730.html 

外部リンク[編集]