泉穴師神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
泉穴師神社
Izumi Anashi-Jinja001.JPG
所在地 大阪府泉大津市豊中町1-1-1
位置 北緯34度29分47.5秒
東経135度25分11.2秒
座標: 北緯34度29分47.5秒 東経135度25分11.2秒
主祭神 天忍穂耳尊
栲幡千千姫命
社格 府社式内社和泉国二宮
創建 白鳳年間(異説あり)
本殿の様式 三間社流造、正面千鳥破風
例祭 10月10日
テンプレートを表示

泉穴師神社(いずみあなしじんじゃ)は、大阪府泉大津市豊中町にある神社。『延喜式神名帳』に掲載されている和泉国和泉郡泉穴師神社に比定されている。和泉五社の一つで和泉国二宮

祭神[編集]

明治12年(1879年)に作成された『神社明細帳』では天富貴神と佐古麻槌大神を当社の祭神としているが、明治27年(1894年)の『神社明細帳』では天忍穂耳尊栲幡千千姫命を祭神としており、当社も天忍穂耳尊と栲幡千千姫命を祭神とする見解をとっている。なお、泉大津市は江戸時代繊維産業が興り、現在に至るまで繊維産業が盛んな地であるが、栲幡千千姫命は織物に関係する神として知られている。

歴史[編集]

社伝によると、当社は白鳳年間に創建されたとするが、神功皇后の時代に創建されたとも神武東征の際に始まるとも言われ定かではない。天平10年(738年)の和泉監正税帳(『正倉院文書』)によると、聖武天皇から社領を賜ったという。『日本三代実録』によると貞観7年(865年)に正五位下を授けられたとし、『類聚国史』によると貞観10年(868年)に従四位下を授けられたとする。元弘元年(1331年)には、楠木正成が当社に石燈籠を奉納している。天正3年(1575年)には織田信長より社領安堵の朱印状を与えられ、慶長7年(1602年)には豊臣秀頼によって社殿が再建された。明治6年(1873年)に郷社に列格し、明治27年には府社に昇格した。昭和21年(1946年)、それまで毎年2月4日に行っていた春季大祭を4月5日に行うこととし現在に至る。

祭事・年中行事[編集]

文化財[編集]

建造物[編集]

  • 重要文化財「泉穴師神社本殿 附 棟札五枚」
  • 重要文化財「泉穴師神社摂社 春日神社本殿 附 棟札一枚」
  • 重要文化財「泉穴師神社摂社 住吉神社本殿 附 棟札二枚」

彫刻[編集]

  • 重要文化財「木造天忍穂耳命坐像」
  • 重要文化財「木造栲幡千々姫命坐像」
  • 重要文化財「木造男神坐像」
  • 重要文化財「木造女神坐像 5躯」

その他[編集]

  • 大阪府指定有形文化財「泉穴師神社 木造男女神像群」
  • 大阪府指定有形文化財「泉穴師神社 太鼓」
  • 泉大津市指定有形文化財「泉穴師神社 拝殿 附石鳥居」
  • 泉大津市指定天然記念物「泉穴師神社 クスノキ大木群」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]