沈義謙

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沈 義謙(シム ウイギョム、朝鮮語:심의겸、1535年-1587年)は、韓国李氏朝鮮中期の文臣、政治家、性理学者である。西人党の初代党首であった。金孝元との葛藤で東西毎分を誘発した。字は方叔、号は巽菴·艮菴·黃齋。[1] 李滉·閔箕の門人。

脚注[編集]

  1. ^ 沈義謙 (朝鮮語)

外部リンク[編集]