池田茶臼山古墳

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池田茶臼山古墳
Ikeda tyausuyama01.jpg
位置 北緯34度49分33.8秒
東経135度26分2.6秒
所在地 大阪府池田市五月丘1丁目6-15
形状 前方後円墳
規模 全長62m
後円33m
前部18m
後円の高さ6.45m
前部の高さ3.45m
築造年代 古墳時代前期
埋葬施設 竪穴式石室
被葬者 不明
出土品 埴輪
脚付椀型土師器
碧玉製管玉
ガラス製品の小玉89点
埴輪円筒棺2基
史跡指定 史跡公園
特記事項 被葬者佐伯氏秦氏とする説もある
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国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成画面右が池田茶臼山古墳
参考:当古墳で発見された埴輪に近いとされる形象埴輪

池田茶臼山古墳(いけだちゃうすやまこふん)は、大阪府池田市五月丘に点在する古墳時代前期に造られた前方後円墳である。現在は地域住民による、保存活動が行われ「茶臼山公園」の名称で史跡公園として整備されている。

概要[編集]

この古墳大阪府池田市五月山の南部に位置する五月丘に位置し、古墳時代前期に造られた前方後円墳であり、全長62m・後円33m・前部18m・後円の高さ6.45m・前部の高さ3.45mの規模を誇っている。また、第二次世界大戦以前まではその存在はあまり知られず、古墳の探査が始まったのは、1958年(昭和33年)の宮内省1947年撤廃 現:宮内庁の前身)による発掘探査で、前方後円墳の後円部に全長6.35mの古墳時代前期から中期に用いられたとされる竪穴式石室が発見された。その後、これを機に五月山の宅地開発でこの古墳が取り壊される事となったが、日本各地で保存を求める運動が盛んになり、この古墳は保存され、「茶臼山公園」の名称で、史跡公園として整備される様になった。

被葬者は、池田市に伝わる書物から、古墳時代頃に、栄華を誇った佐伯氏一族の末裔であるとされるが、詳細は全くの不明である。伝説によると、当時五月丘一帯を統治していた渡来系秦氏の末裔が納められていると伝わる。

副葬品[編集]

史跡指定[編集]

所在地・交通アクセス[編集]

  • 大阪府池田市五月丘1丁目
阪急宝塚本線 池田駅から阪急バス五月山小学校前」下車すぐ

関連項目[編集]