池田武邦
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池田 武邦(いけだ たけくに、1924年1月14日 - )は、日本の建築家、実業家である。元日本設計代表取締役社長。株式会社日本設計名誉会長、株式会社日本設計池田研究室代表、ハウステンボス株式会社代表取締役会長、環境NPO「聚」理事長。日本の高層建築の黎明に携わった。
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[編集] 年譜
- 1924年(大正13年)1月14日 高知県香我美町(現香南市)に生まれる。子供時代を神奈川県藤沢市で過ごす。
- 1943年(昭和18年)11月 大日本帝国海軍軽巡洋艦「矢矧」艤装員として少尉候補生で着任。
- 1945年(昭和20年)2月 第四分隊長兼測的長を拝命。
- 1945年(昭和20年)4月6日 天一号作戦に従事し「大和」以下駆逐艦8隻と共に沖縄へと出撃。
- 1945年(昭和20年)4月7日 米軍の航空攻撃により大火災をおこし「矢矧」沈没。直撃弾の爆風によって顔面に火傷を負う。約5時間後、駆逐艦「冬月」に救助され佐世保へ。
- 1949年(昭和24年) 東京大学第一工学部建築学科卒業。山下寿郎建築設計事務所勤務。建築家として霞が関ビルにかかわる。
- 1967年(昭和42年) 日本設計事務所(現・日本設計)の設立に参加し取締役に就任する。京王プラザホテル、新宿三井ビル、沖縄熱帯ドリームセンター、アクロス福岡、徳島県庁舎、新日鉱ビル、東京ベイヒルトン・インターナショナル、筑波研究学園都市工業技術院筑波研究センター、東京都立大学新キャンパス、高知県立美術館などを手がける。
- 1976年(昭和51年)から日本設計代表取締役社長。
- 1992年(平成4年)にオープンしたハウステンボスに涌井雅之とともにコンセプトづくりに深く関与。
- 1993年(平成5年)から代表取締役会長。
- 1997年(平成9年)から名誉会長。
- 2000年(平成12年)6月から代表取締役会長としてハウステンボスの経営に参画。
- 長崎総合科学大学教授も勤めていたが、2004年(平成16年)5月14日に最終講義を行っている。
[編集] 人脈
[編集] 著書
- 大地に建つ(ビオシティ出版)
- ハウステンボス・エコシティへの挑戦(かもがわブックレット)
- 人と自然。共生の作法(長崎自然共生フォーラム編著)
- 超高層建築(鹿島出版編・共著)他
- 梯久美子『昭和20年夏、僕は兵士だった』インタビュー195-260頁(角川書店2009)
[編集] テレビ
- NHK ハイビジョン特集 日本の風景を変えた男たち 廃虚から超高層ビルそして池田武邦が語る戦後(2008年2月18日放送)