江油市

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中華人民共和国 四川省 江油市
四川大地震で大きな被害を受けた武都鎮五通村の幼稚園
四川大地震で大きな被害を受けた武都鎮五通村幼稚園
綿陽市中の江油市の位置
綿陽市中の江油市の位置
簡体字 江油
繁体字 江油
拼音 Jiāngyóu
カタカナ転記 ジャンヨウ
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
四川
地級市 綿陽市
行政級別 県級市
面積
総面積 2,720 km²
人口
総人口(2004) 87 万人
経済
電話番号 0816
郵便番号 621700
行政区画代碼 510781
公式ウェブサイト http://www.jiangyou.gov.cn/

江油市(こうゆし)は、中華人民共和国四川省綿陽市中部に位置する県級市四川盆地の西北部に位置し、盆地西北にそびえる高山・龍門山脈の東麓にある。唐代の詩人・李白の故郷としても有名。

江油の中心部は綿陽の中心地(涪城区)の北40kmにある。長江の支流・涪江(ふうこう)が市の中心部を流れ、陝西省と省都・成都市を結ぶ宝成鉄道の駅がある。

面積2,719平方km、人口87万人(2002年)、うち市街地人口は27万人。

歴史[編集]

現在の江油市域は、以前は彰明県江油県に属していた。前漢の時代にはすべて涪県(ふうけん)に属したが、後漢の永平元年(58年)より徳陽県に属した。

東晋寧康年間に現在の青蓮僑に漢昌県を置き、西魏廃帝二年(553年)に昌隆県となり、先天元年(712年)には昌明県、後唐同光元年(923年)には彰明県となった。

一方、江油県の方は後漢末期の建安二十四年(219年)に劉備が江油戍を置いたことに始まる。北魏正始二年(505年)に現在の平武南壩に江油県が設置され、代には現在の県城の位置に移動し、代には龍州に入れられ、代には州が廃止され江油県が復活した。

1958年、江油県と彰明県は合併し江彰県となったが、翌年江油県に改名した。1988年2月24日、国務院は県を廃止して県級市の江油市を設置し、綿陽市の管轄下とした。

地理[編集]

江油市域は丘陵地が主である。地勢は北西が高く、南東が低い。主な河川には涪江、盤江、平通河、方水河、青江があり丘陵を貫いて流れる。龍門山脈が北西にそびえ、主な山には轎子頂、大龍池山、雲羅山、蔵玉寨、観霧山、呉家後山、紫山がある。成都市街までは160km、綿陽市街までは40km。

気候は亜熱帯気候で、年平均気温は16.2度、1月の平均気温は4.9度、7月の平均気温は25.7度。年平均降水量は1148mm。砂金天然ガス石油石炭黄鉄鉱大理石石灰石、硫鉄鉱などの鉱産資源が豊富。

行政区画[編集]

4街道、21鎮、19郷を管轄する。

  • 街道:長城街道、華平街道、武都長鋼街道、含増長鋼街道
  • 鎮:彰明鎮、重華鎮、三合鎮、含増鎮、龍鳳鎮、永勝鎮、双河鎮、河口鎮、馬角鎮、青蓮鎮、武都鎮、雁門鎮、新安鎮、戦旗鎮、九嶺鎮、太平鎮、大康鎮、二郎廟鎮、中壩鎮、小渓壩鎮、厚壩鎮
  • 郷:六合郷、西屏郷、銅星郷、新春郷、新興郷、義新郷、貫山郷、石元郷、楓順郷、敬元郷、大堰郷、東興郷、八一郷、雲集郷、重興郷、東安郷、文勝郷、方水郷、香水郷

経済[編集]

交通は宝成鉄道が通る。江油駅は綿陽駅と広元駅の中間にある。また綿広高速公路などが走り、綿陽を経て成綿高速公路にもつながり成都の都心へも至便。

江油はかつて文化大革命時、核戦争を想定して内陸に経済を移動させた「三線建設」の重点地区のひとつだった場所であり、また現在は商品作物の国家級の生産基地に指定されており「小成都」の異名を持つ。

主な産業は石油天然ガスの採掘、鉄鋼業、発電、コンクリートなどがあり、長城特殊鋼公司、江油発電廠、コンクリートの雙馬水泥公司などが主要な企業。

農業ではコメトウモロコシコムギアブラナなどの生産が盛んな穀倉地帯。著名な特産品にはトリカブト(附子。「彰明附片」の名で知られる)や太白花茶、方水生姜、中壩醤油などがある。木製家具も生産される。

観光[編集]

江油は四川省の省級歴史文化名城に指定される町で、唐代の著名な詩人・李白の故郷としても売り出している。主要な景勝地や観光地には竇圌山、観霧山、大匡山、李白の故里、太白公園、白龍宮、仏爺洞、金光洞、猿王洞、雲岩寺(全国重点文物保護単位に指定)、海燈武館などがある。

外部リンク[編集]