江崎洋一郎
| 本来の表記は「江﨑洋一郎」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
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えさき よういちろう
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| 生年月日 | 1958年4月20日(55歳) |
| 出生地 | 東京都新宿区 |
| 出身校 | 慶應義塾大学 |
| 前職 | 日本興業銀行職員 |
| 所属政党 | (新進党→) (民主党→) (保守新党→) 自由民主党 |
| 親族 | 父・江崎真澄 兄・江崎鉄磨 |
| 公式サイト | [1] |
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| 選挙区 | (神奈川県第12区→) 比例南関東ブロック |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 2000年6月25日 - 2009年7月21日 |
江崎 洋一郎(えさき よういちろう、1958年4月20日 - )は、日本の政治家、前衆議院議員(3期)。
目次 |
[編集] 経歴
父は通産相などを務めた江崎真澄元衆議院議員で、異母兄の江崎鉄磨も自民党元衆議院議員である。
1981年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業し、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1986年から米国ブルッキングス研究所客員研究員を経て、1996年に落下傘ながら元蔵相藤井裕久から中選挙区時代の地盤の一部を譲り受け新進党公認で衆院選に出馬するも、落選。2000年、民主党公認で神奈川県第12区から出馬し54,237票を獲得、前職桜井郁三(自民党)の50,814票を抑え、初当選を果たす。
しかし、2002年12月25日に熊谷弘、佐藤敬夫らと共に民主党を離党し、保守新党に参加。その際、小泉純一郎首相から「江崎君、ぼくは君のお父さんには世話になった。藤山派で君のお父さんと僕の親父は一緒だった。選挙区もぼくの2つ隣り。君の評判はよく聞いているよ」と携帯電話で民主党離党を説得されたといわれる。
2003年、選挙区事情から総選挙前に自民党に移籍。小選挙区を桜井郁三に譲り、比例代表南関東ブロック単独2位で当選。保守新党の元所属議員らが立ち上げた二階派ではなく、山崎派に入会する。2005年の総選挙でも同じく衆議院比例代表南関東ブロック2位で当選する。
2006年6月、佐藤ゆかり衆議院議員と神楽坂のフレンチレストランで会食していた模様を週刊新潮にスクープされ、不倫デートと報じられた。江崎のボディータッチについて、佐藤は「散発的な不規則行為」「不倫ではなくセクハラ」とTVやHPで反論。その後、江崎は離婚。[1][2][3][4][5][6]
2006年9月、安倍内閣で財務大臣政務官に就任。また日韓議員連盟幹事を務める。
2009年8月30日、衆院選に、小選挙区は桜井に譲り、自民党比例代表南関東ブロック32位での立候補となったが、落選した。
[編集] 所属する議員連盟
[編集] 著作
- 2002「解説 不良債権処理を促進するため、RCCの積極活用を提言する-早期の産業再生のためには金融機関に不良債権売却損の分割償却を認めることも必要-」『金融財政事情』53(27) (通号 2513)、32~37ページ。
- 2002「レクチャー&ディスカッション 金融再生への処方箋 (特集 日本経済と雇用の再生、経済・雇用危機、今、議事堂から熟議をおこす)」Discussion journal『民主』(1) 06] 50~59ページ、翁 百合、松本 剛明らと共著。
[編集] 脚注
- ^ 『佐藤ゆかり、また不倫…今度は自民議員とデート フレンチレストランで手を握り合い…』 ZAKZAK 2006年6月14日
- ^ テレビ朝日「ワイド!スクランブル」 2006年6月19日
- ^ 『ゆかり議員「不倫」反論「同僚議員の不規則行動は想定外」』 スポーツ報知 2006年6月17日
- ^ 『ゆかり議員「不倫デート」報道に抗議』 日刊スポーツ 2006年6月17日
- ^ 『<佐藤ゆかりとデート>の江崎代議士が「極秘離婚」していた!』 週刊新潮 2007年11月8日号 46頁
- ^ 『『週刊新潮』6月22日号についての声明文を載せさせていただきます。』 佐藤ゆかりHP 2006年6月16日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 西田猛・野上浩太郎 |
椎名一保と共同 2006年 - 2007年 |
次代: 宮下一郎・小泉昭男 |