永光寺
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| 所在地 | 石川県羽咋市酒井町イ11 |
|---|---|
| 位置 | 北緯36度54分46.7秒 東経136度51分3.8秒 |
| 山号 | 洞谷山 |
| 宗旨 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
永光寺(ようこうじ)は石川県羽咋市にある曹洞宗の寺院。山号は洞谷山(とうこくざん)。本尊は釈迦如来。能登観音霊場第5番札所。
目次 |
歴史 [編集]
正和元年(1312年)瑩山紹瑾の教えによって発心した酒匂氏出身の祖忍尼(鹿島郡酒井保中河(現・羽咋市中川町付近)の地頭酒匂頼親の息女)とその夫・海野三郎滋野信直が檀越となり、酒井保(現・羽咋市酒井町付近)野山を施入した。夫妻の志しと霊夢に感じ入った瑩山が、翌年山中に茅屋を結んで仮の庫裡としたのが始まりだという[1]。伽藍は元亨3年(1323年)頃に整備され、元亨4年に本堂普光堂が竣工した。暦応2年(1339年)頃には、足利尊氏・足利直義の発願による能登国の利生塔が境内に建立された。
応仁の乱後は後土御門天皇の勅願で再興されるが、天正7年(1579年)、兵乱で開山堂の五老峰を除いて焼失。天正10年、前田利家によって再興された。現存の伽藍は江戸時代の再建である。
伽藍 [編集]
山門を入ると、正面に法堂(本堂)、その手前右手には庫裏、書院、左手には僧堂、衆寮、鐘楼などが建ち、これらを回廊で結んでいる。法堂裏には開山堂にあたる伝燈院があり、その奥には五老峰と称する墳丘がある。五老峰とは天童如浄、道元、孤雲懐奘、徹通義介、瑩山紹瑾の5名の祖師のことで、伝燈院にはこれら5名の木像を安置し、墳丘には5名の遺品等が埋納されている。[2]
文化財 [編集]
重要文化財(国指定) [編集]
- 瑩山紹瑾筆洞谷山置文(附:瑩山紹瑾所用木印) - 鎌倉時代、瑩山紹瑾筆
- 「尽未来際置文」元応元年(1319年)十二月八日、「四至堺田畠注文」元亨(1321年)三年三月七日、「文書注文」元亨三年十月九日、「寄田注文」元亨三年十月九日、「山中松禁制」正中二年(1325年)五月一日、「尽未来際勤行置文」正中二年七月十八日、の六通。
県指定有形文化財 [編集]
その他 [編集]
所在地 [編集]
石川県羽咋市酒井町イ11
交通アクセス [編集]
脚注 [編集]
- ^ 『洞谷記』
- ^ 羽咋市歴史民俗資料館サイト内「羽咋の文化財」、2009年1月10日閲覧
参考資料 [編集]
- 石川県立歴史博物館編集・発行 『永光寺の名宝』展図録、1998年