水俣駅

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水俣駅
駅舎(2004/09/06)
駅舎(2004/09/06)
みなまた - Minamata
新水俣 (3.8km)
(5.8km)
所在地 熊本県水俣市桜井町一丁目
所属事業者 肥薩おれんじ鉄道
所属路線 肥薩おれんじ鉄道線
キロ程 49.6km(八代起点)
281.9km(門司港起点)
電報略号 オレミナ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
(※うち1線=現在は使用されていない)
開業年月日 1926年(大正15年)7月21日
大正・昭和戦前期の水俣駅
駅名標
構内(2004/09/06)
駅前(2004/09/06)

水俣駅(みなまたえき)は、熊本県水俣市桜井町一丁目1番地にある肥薩おれんじ鉄道線。かつては九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅であった。また、JR九州山野線が分岐していた。

駅構造[編集]

島式1面2線と相対式1面1線のホームで中線(通過線)もある。ただし、現在は中線と島式ホーム外側の3番線は使用停止状態になっており、相対式2面2線のように運用されている。有人駅である。トイレは改札内・外にあり、男女別の水洗式

駅舎落成から60年が経ち老朽化が著しくなってきたため、2014年11月より駅舎改装工事が行われている。工事開始に伴い、2015年1月10日より国鉄時代から使用されてきた改札口と待合室が閉鎖され、旧改札口の横に仮改札口とプレハブの仮待合室が設けられた。新駅舎は3月に完成予定で、駅構内にカフェやレストランなどが入居する予定。駅舎のデザインは当路線のおれんじ食堂や阿久根駅駅舎のデザインを手掛けた水戸岡鋭治が担当している[1]

  • 営業時間
    • 6:30 - 17:55
のりば
1・2 肥薩おれんじ鉄道 八代出水方面
3 使用停止

列車の発着は基本的に駅舎側の1番線で、列車交換がある時に2番線も使用する。ただし11時台の上り八代行きの1本のみ列車交換が無いにも関わらず2番線発着である。

JR鹿児島本線だった2004年3月12日までは全ての優等列車が停車していたほか、3番線や中線も使用され当駅折り返しの列車も数多く設定されていた。改札口に行先発車標反転フラップ式案内表示機)や行灯式の座席案内標が設置され、特急有明始発列車の10号(小倉行き)と終列車の49号(小倉発)の1往復が当駅発着で中線を使って夜間滞泊も行われていた。なお、廃止された山野線は主に3番線で発着していた。また、近隣の水俣港天草諸島本渡市牛深市(現天草市)を結んでいた牛深・本渡航路のフェリーの連絡駅としての面も持っており、休日を中心に天草諸島を訪れる観光客や島に里帰りする利用客で大変混雑し賑わっていた。そのため当駅発着列車と産交バス、フェリーの連絡運輸も行っていたが、このフェリーも道路交通事情の改善(天草五橋天草瀬戸大橋黒之瀬戸大橋の開通、無料開放化)、JR九州から肥薩おれんじ鉄道への経営分離による都市間長距離優等列車の廃止、天草飛行場開港や天草エアラインの運航開始などによる大幅乗客減のため水俣 - 牛深航路が2006年8月31日限りで運航廃止、水俣 - 本渡航路のカーフェリーも2007年5月6日の運航を最後に廃止され、列車連絡バスの運行も終了した。水俣港は現在も獅子島汽船による水俣 - 幣串航路が4往復運航されているが、水俣駅 - 水俣港間のバス連絡のみで列車連絡は行われていない。

肥薩おれんじ鉄道に経営移管された際、発車標や座席案内標は撤去された。開業時は八代方面から当駅折り返しの区間列車が数本設定されていたが、現在は八代方面からの列車は全て出水方面に延長されて設定されておらず、当駅発着の区間列車は早朝6時台に当駅始発隈之城駅行き(出水駅 - 水俣駅間は回送運転)が1本設定されているのみである。

国鉄時代は山野線が発着していた3番線の隣に広大な貨車入れ換え用のヤードや側線、駅の北西側にチッソ水俣工場への入換線と専用線を持ち、1984年2月1日に全ての貨物取取り扱いが廃止されるまでは八代駅出水駅川内駅に並ぶ鹿児島本線や山野線の貨物列車の主要な中継基地(ターミナル)の一つであった。貨物取扱廃止後は側線は廃車予定の貨車の留置などに使用するためにしばらくは遺されたものの、国鉄の分割民営化後に全て撤去され、跡地は住宅地や水俣自動車学校の敷地に転用されている。現在では駅構内の上り線(八代方面)側に機関車入れ換え線の跡や入れ換え線に通じていた渡り線のポイントレールが遺っており、入れ換え線跡は安全側線として使われているほかすぐ後ろにある新地踏切にも遺構が遺り、下り線(出水方面)側に当時機関車の入れ換えに使われていたシーサスクロッシングのポイントレールや機関車電留線が撤去されずにそのまま遺されており、かろうじて賑やかだった当時の駅構内の姿を垣間見ることが出来る。

チッソ水俣工場専用線[編集]

かつては駅の北西側にあるチッソ水俣工場(水俣本部)への専用線があり、水俣駅に常備されていたチッソ貨物専用のトラ40000形無蓋車やタンク車を中心に当駅と浜五井駅チッソ石油化学五井工場との間で化学薬品や製品の貨物輸送が行われていた。当時は駅の南西側にスイッチャーの格納庫や小規模の入れ換え線があり、本線からの貨物列車は側線や中線から一旦この入れ換え線に引き込んだ後、スイッチバックする形で専用線に入り、駅前通りと国道3号の踏切、用水路を渡って工場に向かっていた。しかし小さな貨車やタンク車による輸送が大半を占めていて輸送量があまり大きくなかった事や後述の運行妨害などのトラブル多発で貨物輸送の安全性や安定性にも問題があったこと、水俣病の損害賠償金支払いやオイルショックによる経営悪化と生産縮小のため、国鉄の貨物取り扱い見直しされる前の1982年昭和57年)11月15日のダイヤ改正で早々に全てトラックやタンクローリーの輸送に転換されて廃止され、専用線も程なく撤去された。専用線跡は廃止後30年以上が経過しているため宅地化や駐車場化されており、工場内を含めて遺構はほとんど残っていないが、駅構内から工場に向かう曲線部がクロックス株式会社の駐車場と一般道路に転用されて面影を残しているいるほか、駅構内の入れ換え線跡や入れ換え線と専用線の分岐跡も一部は駐車場になったものの大部分が空き地のままで小さな木造の橋梁跡などの遺構が遺っており、駅南西の八ノ窪踏切前にも入れ換え線があった事を示す車止めが遺されている。

専用線が現役だった当時はチッソが引き起こした水俣病が世界的に深刻な社会問題になっており、会社側と患者側の損害賠償交渉も決裂状態だったことから水俣病被害者家族や患者支援団体の市民グループ(市民運動家)、社会運動家などによる専用線の座り込みデモ活動、線路敷地内でのチッソ社員や警備員、水俣警察署の警官隊との揉み合いや衝突、列車への投石置き石バリケードによる線路封鎖など嫌がらせや運行妨害が絶えず、安定的な原料納入や製品出荷が出来ず問題化していた。時には大勢の被害者グループが専用線から水俣駅構内やホームまでなだれ込んできたり、構内の貨物列車の入れ換え作業を妨害することもあったと言う。このためチッソ側は専用線廃止時まで常時厳戒態勢を敷き、線路、施設、踏切、工場入口(ゲート)付近と言った専用線敷地に柵を設けて警備を厳重に行うとともに工場関係者以外の専用線敷地内の立ち入りや報道、撮影を一切禁止としたほか、混乱やトラブルを避けるために貨物出荷量、列車編成、工場内の線路配線などの詳細を一切公表せず列車の運行本数や時間も常に不定期扱いであった。また、非常時に備えて多数のチッソ社員や警備員が昼夜問わず頻繁に専用線の見回りや見張りを行い、敷地内や線路際で部外者や報道関係者などによる無断撮影などを見つけ次第即刻排除するなど被害者家族や市民グループ、報道関係者とは常に対峙しており、その都度両者から罵声や怒号が飛び交うなど一触即発の険悪な状態で大変殺伐としていたと言う。特に貨物列車運行時は沿線が緊迫した雰囲気になり、多数の社員や警備員、国鉄職員が運行妨害防止のために貨車の荷台などに乗り込んだり列車の周りを取り囲み、大勢の警官隊や警備員が線路際の公衆や報道関係者を強制的に列車から遠ざけたり走行中の列車の撮影を厳禁(撮影の強制阻止や撮影者のカメラやフィルムの没収)とするなど、当時としては異例かつ徹底的とも言えるほどの厳重な警備態勢が敷かれていた。こうした経緯もあり、晩年は貨物輸送は大半がトラックやタンクローリーによる輸送で専用線はほとんど使用されていなかった。廃止後は直ちに敷地内の線路や施設が撤去され、全て更地にされて水俣市などに売却された。そのため専用線の現役当時の資料は少なく、写真や動画もほとんど存在しないとされる(ただし、専用線外で撮影されたチッソ貨物専用貨車自体の写真は幾つも存在する[2]

歴史[編集]

駅名の由来[編集]

開業時の地名(葦北郡水俣村)が由来。

「水俣」とは「が二股になったところ」、あるいは「川が2つに分かれたところ」と言う意味で、この地が水俣川湯出川の合流地点にある事から付いた地名である。

駅周辺[編集]

北東側は水俣市の中心市街地で、駅周辺も市街地が広がっている。

至近

  • ビジネス旅館「桂」- 約1分(駅舎の斜め右にある)
  • チッソ水俣本部・JNC水俣製造所 - 駅正面をまっすぐ。
  • 水俣市役所
  • 水俣郵便局
  • 水俣昭和郵便局
  • 水俣百間簡易郵便局
  • 蘇峰記念館 - 徳富蘇峰記念施設
  • 徳富蘇峰・蘆花生家
  • 日本一長〜い運動場 - 山野線跡地

遠方

水俣病関連施設

  • もやい館 - 水俣市総合もやい直しセンター
  • おれんじ館 - 水俣市南部もやい直しセンター
  • 熊本県環境センター
  • 水俣市立水俣病資料館
  • 国立水俣病情報センター

路線バス[編集]

熊本県内を営業エリアとする産交バスと、鹿児島県から乗り入れる南国交通のバスが利用できる。

隣の駅[編集]

肥薩おれんじ鉄道
肥薩おれんじ鉄道線
快速「スーパーおれんじ」
佐敷駅 - 水俣駅 - 出水駅
観光列車「おれんじ食堂」
新水俣駅 - 水俣駅 - 出水駅
普通
新水俣駅 - 水俣駅 - 袋駅

廃止区間[編集]

九州旅客鉄道
山野線
東水俣駅 - 水俣駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]