民主党 (日本 1998-)

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民主党 から転送)
日本の政党
民主党
Democratic Party of Japan(DPJ)
代表 鳩山由紀夫
代表代行 小沢一郎菅直人、輿石東
幹事長 岡田克也
参議院議員団会長 輿石東
成立年月日 1998年(平成10年)4月27日
法規上は1996年9月17日から存続
本部所在地
〒100-0014
東京都千代田区永田町
一丁目11番1号三宅坂ビル
衆議院(下院)
109 / 480 (23%)
2007年(平成19年)7月末)
参議院(上院)
110 / 242 (45%)
(同上)
党員・党友数
党員:44,340
サポーター:222,407
2008年(平成20年)5月31日
政治的思想・立場 中道左派
社会自由主義
機関紙 プレス民主
政党交付金
118億3,200万 円
(2009年度予算)
公式サイト 民主党 web-site
シンボル 民主党ロゴマーク
  

民主党(みんしゅとう、英語: Democratic Party of Japan、"DPJ")は日本政党である。略称は「民主」。

日本において自由民主党に次ぐ勢力を持つ政党であり、事実上二大政党の一つである。衆議院では自民党に次ぐ第2会派、参議院では第1会派である。

目次

概要

1998年4月院内会派民主友愛太陽国民連合」(民友連)に参加していた旧民主党民政党新党友愛民主改革連合が合流して結成された。

保守・中道右派と言われる自民党に対して、一般的にはリベラル・中道左派の政党と位置付けられている。しかし、一部に保守的な思想の議員も所属しており、一概にリベラル政党と括ることは難しいとされる。

小沢一郎を中心とする「対立軸路線与党との違いを明確にする)」を主張するグループと、前原誠司を中心とする「対案路線(与党と政策で競争する)」を主張する若手グループの対立がしばしば指摘される。

2009年7月現在、各種世論調査では自民党を上回る政党支持率を維持し、来る総選挙では衆議院第1党に躍り出ると予想する評論家もいる。

党史

結党、黎明期

1993年の政治改革を巡る政界再編を発端として新党ブームが起こると、以後しばらくの間小政党が乱立するなど混沌とした政局が続いていた。しかし翌94年、野党勢力の多くを結集させた新進党の結党により、政界は自民・新進の二大政党時代へと向かって大きく動き出すことになる。旧民主党が誕生したのはそんなさなかの1996年9月のことだった。

新党さきがけを離党した鳩山由紀夫菅直人らと社民党の一部議員、ほか鳩山邦夫らが集い、「官僚依存の利権政治との決別」「地域主権社会の実現」を標榜して旧民主党を結党。両院合わせて57名での船出であった。翌月に控えていた第41回衆議院議員総選挙を横ばいの議席で乗り切り、翌97年には菅直人が党代表に、鳩山由紀夫幹事長にそれぞれ就任して党の体制が整えられた。

1997年12月、二大政党を目指していた新進党が突如として解党する。98年1月、新進党から分党した民政党新党友愛民主改革連合と院内会派「民主友愛太陽国民連合」(民友連)を結成し、合流に向けた協議が進められた。旧民主党の枝野幸男、民政党の岡田克也、新党友愛からは川端達夫がそれぞれ政策統一を図る協議にあたったが、要綱を作るには至らず基本理念の一致に留まった。4月27日、現民主党が結成される。手続上は他政党が解散し、民主党に合流した形となった。

結成当初の政治的思想は中道とされ、自民党に代わる政権政党となること、二大政党時代を作り上げることを目指した。「生活者」「納税者」「消費者」の代表という立ち位置、「市場万能主義」と「福祉至上主義」の対立概念の否定などを結党時の基本理念に掲げている。

この年の参院選では橋本内閣への厳しい世論も手伝い、10議席増の27議席を獲得する。しかし、当時衆議院で単独過半数の回復に成功していた自民党と比して、この頃の民主党を二大政党の一角と見る動きはまだ少なく、あくまでも最大野党という位置付けが一般的であった。

1999年9月、代表選挙で菅直人を破った鳩山由紀夫が代表に就任。共同代表を除き、旧民主時代を通じて初めて菅以外の代表が誕生する。

党勢拡大、二大政党へ

2000年6月の第42回衆議院議員総選挙で、定数削減があったにも関わらず改選前の95議席を大きく上回る127議席を獲得、二大政党時代の到来を宣言する。とは言え、議席数こそ減らしたものの自公保政権は引き続き安定多数を維持しており、与党を過半数割れに追い込むという狙いは達せられなかった。

2001年7月の参院選ではいわゆる小泉旋風の前に4議席増の26議席獲得に留まる。翌年9月、鳩山は代表に再選されるが、中野寛成を幹事長に起用した人事や自由党との統一会派構想が党内の批判を浴び、12月には辞任に追い込まれる。同月、岡田克也を破った菅直人が代表に返り咲く。これに伴い、かねてより管との対立を指摘されていた熊谷弘ら保守系の議員5名が保守新党を結成して民主党を離党(後に除名)した。

2003年9月、来る総選挙を前に執行部が自由党との合併に踏み切ることを正式に決断する。枝野幸男らをはじめ強硬に反対を唱える声もあったものの、役員、要綱、党名を据え置くという民主党による事実上の吸収合併という形で一応の決着を見せた。この民由合併により民主党は両院合わせて204人(衆議院137、参議院67)を擁するまでに党勢を拡大させた。

11月の第43回総選挙で改選前を40議席上回る177議席を獲得、大きく躍進する。比例区の得票数では自民党を上回った。

2004年、年金制度改革を巡るいわゆる「年金国会」がスタートすると政治家の年金未納問題が次々と明らかになり、法案の審議以上に世論の大きな関心事へと発展する。やがて代表の菅直人の納付記録に未納期間があることが判明。菅は行政側の過失で自身の納付歴に問題はないと説明するも、当時のこの問題への厳しい世論の前に辞任へと追い込まれた。後に菅の主張通り社会保険庁職員の怠慢による手続きミスであったことが明らかとなり、厚生労働省が謝罪している。

5月、新代表に岡田克也を無投票で選出。間を置かず7月の参議院選挙を迎えた。発足間もない新体制に一部不安視する声もあったが、50議席を獲得し、国政選挙において初めて自民党(49議席)に勝利を収めた。

この時期から政権選択選挙という言葉が急速に現実味を帯び始めるようになる。

大敗、再起

2005年8月、小泉純一郎首相が郵政民営化の是非を問うとして衆議院を解散(郵政解散)。自民党は民営化に反対したいわゆる造反議員との分裂選挙に突入した。岡田は「政権交代が実現できかった場合は代表の座に留まるつもりはない」と宣言。この選挙での民主党のキャッチフレーズは「日本をあきらめない」であった。

「漁夫の利」などとして当初は民主党に楽観的な論評も飛び交い、政権交代を確実視して伝える一部海外メディアもあった。しかし「造反議員」と「刺客候補」の対決構図が連日のように報道されていく中で、民主党は小泉劇場の前に次第に埋没していく。結局、改選前を大きく下回る113議席という結果に終り、岡田民主は歴史的大敗を喫した。岡田は即日代表辞任の意向を表明。政権獲得一歩手前から一転、民主党は解党の危機すら囁かれる状況に陥った。

党代表後継には菅直人と若手急先鋒の前原誠司が名乗りを上げる。当初は菅有利と見られていたものの、最終演説で投票議員の心を掴んだ前原が僅か2票差で選出された。前原体制発足後は馬淵澄夫らの耐震偽装問題追及や郵政選挙の反動などもあり、メディアも概ね好意的に報道することが多かった。しかし2006年2月に堀江メール問題が起きると、民主党は世論の厳しい風当たりを受けることになる。幕引きの機を見誤るなど、問題への対応の悪さもあって前原は翌月には辞任に追い込まれた。

小沢一郎菅直人を破り、新代表に就任する。直後に行われた千葉7区補欠選挙を勝利し、メール問題以後混乱状態にあった党をいったん建て直すことに成功した。前原体制が敷いた「対案路線」から「対立軸路線」への移行や05年総選挙で掲げた年金目的消費税の凍結など、政局・政策的にはいくつか転換も図られた。また地方組織が磐石ではない民主党にあって、小沢は各議員・候補に徹底した地元活動を求めるなど、地盤の強化にも力を注いだ。2007年4月の統一地方選挙を勝利し、その勢いを保って7月の第21回参議院議員通常選挙でも60議席獲得と大勝。ついに参議院で与野党の逆転を果たした。

11月、ねじれ国会の運営に行き詰った福田康夫首相と、政策の実現を図りたい小沢の間で大連立構想が協議される。しかし役員会では小沢を除く全ての議員がこれに反対、世論も同様の反応を示した。小沢は混乱を起こした責任を取って辞意を表明するが、周囲の説得により翻意、引き続き代表に留まった。

2009年3月、西松献金問題で小沢の公設第一秘書が逮捕・起訴され、それまで安定していた民主党の支持率が軒並み下降する。小沢は事実関係については裁判で争うことを表明するが、総選挙への悪影響は避けられないとして、5月に代表を辞任した。

世論の後押しを受けた岡田克也と、小沢に近い議員らが推す鳩山由紀夫が代表の座を争い、参議院票の取り込みで優勢に立った鳩山が接戦を制した。岡田は幹事長に就任する。

7月、東京都議会議員選挙で第1党に躍り出る。島部を除く全ての選挙区で1位当選を確保するなど、地滑り的大勝を飾った。


略年表

政策

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内政

  • 結党時の基本政策に「自己責任と自由意思を前提とした市場原理を貫徹することにより、経済構造改革を行う。」などとあるように、当初は新自由主義的な経済路線を大幅に取り入れたものとなっていた。しかし、近年では小泉政権以降自民党が明確に掲げるようになった新自由主義・新保守主義的政策への対抗から「生活が第一」をスローガンに所得格差・地域間格差の解消など、リベラル色を強めている。
  • 行政改革は、結党時以来の党是であり、各大臣の連携を強め、政治主導の政策決定を行うための「閣僚委員会」、予算の骨格を各省の縦割りを排除して決める、首相直属の「国家戦略局」、行政全般を見直す「行政刷新会議」を設置すること、各省の大臣副大臣政務官を政務三役として、政策立案および決定をこと、大臣補佐官を新設し、政務三役や大臣補佐官ら国会議員100人を行政に送り込むことを掲げている。[1]また、地方分権を押し進め、ひも付きの補助金は廃止することを掲げている。
  • 農業政策では、戸別所得保障制度を掲げ、現在の農業協同組合への支援を中心とした政策を改めることを目指している。
  • 外国人参政権については、結党時の「基本政策」に「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」と掲げている[2]
  • 入国管理法の改正:入国管理法から在留外国人の在留カード常時携帯義務と罰則規定の削除、雇用先の届出義務規定を削除、在留資格取消制度と罰則規定を削除することを掲げている[3]

外交

友愛外交」も参照

政治

  • 資産公開の徹底、政治的地位利用罪の導入などにより、政治倫理を確立するなどを基本政策に掲げている[4]

党内対立

民主党内には、社会民主主義や保守主義などの政治的立場が異なる政治家が混在しているため、個別政策によっては、党内対立が生じている場合もある。

執行部役員表

常任幹事会

最高顧問 羽田孜 藤井裕久 渡部恒三  
代表 鳩山由紀夫  
代表代行 小沢一郎 菅直人 輿石東  
副代表 前原誠司 川端達夫 石井一 高木義明 北澤俊美
円より子  
幹事長 岡田克也 代理 野田佳彦 平田健二
政策調査会長 直嶋正行 代理 長妻昭 福山哲郎  
国会対策委員長 山岡賢次 代理 安住淳 簗瀬進  
常任幹事会議長 中井洽  
総務委員長 千葉景子  
選挙対策委員長 赤松広隆  
財務委員長 佐藤泰介  
組織委員長 柳田稔  
広報委員長 奥村展三  
企業団体対策委員長 前田武志  
国民運動委員長 小沢鋭仁  
代議士会長 小平忠正  
常任幹事 北海道 松木謙公 東北 黄川田徹 北関東 細川律夫
南関東 広中和歌子 東京 鈴木寛 北陸信越 羽田雄一郎
東海 藤本祐司 近畿 土肥隆一 中国 三谷光男
四国 小川淳也 九州 古賀一成  
民主党常任幹事会 民主党公式ホームページ 2009/05/19付参照

参議院議員団

会長 輿石東
副会長 広中和歌子
工藤堅太郎
山下八洲夫
幹事長 平田健二
幹事長代理 高橋千秋
木俣佳丈
政策審議会長 福山哲郎
国会対策委員長 簗瀬進

歴代の執行部役員表

民主党執行部」を参照

次の内閣

次の内閣」を参照

民主党内グループ

民主党の派閥」を参照

党勢の推移

衆議院

選挙 当選/候補者 定数 備考
(結党時) 98/- 511
第42回総選挙 ○127/262 480 追加公認+2
第43回総選挙 ○177/277 480 追加公認+3
第44回総選挙 ●113/299 480 追加公認+1

参議院

選挙 当選/候補者 非改選 定数 備考
(結党時) 38/- - 252
第18回通常選挙 ○27/48 20 252 追加公認+7
第19回通常選挙 ○26/63 33 247 追加公認+1
第20回通常選挙 ○50/74 32 242 追加公認+2
第21回通常選挙 ○60/80 49 242

(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店岩波新書ISBN 4-00-430904-2

  • 当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属の議員を含む。
  • 『戦後政治史』にない追加公認は2 国会議員会派別議員数の推移(召集日ベース)(衆議院)、(2) 参議院(2002年まで)(2) 参議院(2004年まで)にある、選挙直後の国会召集日の会派所属者数から判断した。ただし、第20回通常選挙直後の召集はなく、国会の記録は、副議長就任による党籍離脱が行われたあとで-1となっている。

支持層

政党支持率の推移

第21回参議院議員通常選挙までは、民主党の政党支持率は自民党と比べ上下変動が大きく、国政選挙の直前に急上昇する傾向が見られた。各種全国紙世論調査では大体15%前後で推移していたが、朝日新聞の調査では第43回衆議院議員総選挙の前に20%台まで上昇している。また同調査で第20回参議院議員通常選挙および第21回参議院議員通常選挙の前には30%台まで急上昇し、このときは自民党の支持率を逆転するまでに至った。しかしその一方で、選挙後は選挙前の水準まで下がるのが一般的であった。また堀江メール問題など党内で不祥事などが起きると平時よりも政党支持率が一段と下落していた。

年齢別に見ると、結党後しばらくはは20?40代の世代に強い支持を集めていたが、自由党と合併し小沢一郎の代表就任後は50?60代の中高年層や保守層などにも支持を広げている。 一方性別で見てみると女性議員の数は自民党より多いにも関わらず女性層の支持は男性層より少ない。

第21回参議院議員通常選挙後は、これまでのような、選挙後に支持率が急降下するという現象が発生しておらず、各種世論調査で20%以上の支持率を維持している。このため、選挙後も自民党の支持率を上回るという現象が初めて維持されていたが、安倍首相の辞任会見、福田康夫新総裁の選出の余波を受け、多くの調査で自民党に政党支持率トップの座を奪い返された。しかし、その後も各種世論調査で政党支持率はこれまでに比べて高い水準を維持し続け、大連立騒動などの混乱が起こっても支持率の急降下という現象が発生しなくなった。福田首相の突然の辞任とその後に発足した麻生太郎内閣の混乱に伴って自民党支持率が急降下したため、最近では再び各種世論調査で支持率が自民党を上回るようになった。

しかし、2009年3月の小沢一郎代表の公設第一秘書が逮捕された事件の影響で、各種世論調査での支持率は低下し、各種世論調査での政党支持率が自民党を下回ったが、鳩山由紀夫新代表の選出直後には再び自民党を上回っている。

都市部優位からの変化

かつて、民主党は、1区現象で顕著であったように、各県の県庁所在地東京などの都市部での支持が圧倒的に強いという傾向があった。ところが、2005年9月11日第44回衆議院議員総選挙においては、「逆1区現象」と呼ばれたほど民主党が都市部での票を大きく失い、東京都内の小選挙区での当選者が東京18区の菅直人のみ、千葉県内の小選挙区の当選者が野田佳彦のみ、神奈川県内の小選挙区での当選者は0となるなど、大敗北を喫した。これは、自民党が、地方を軽視する傾向にあったものの、「小泉劇場」「刺客選挙」で増幅され続けた小泉純一郎首相への個人的人気(ポピュリズム)、いわゆる「小泉旋風」により、特に都市部において自民党候補への票が圧倒的に増加したことが原因とされている[9]

一方で地方や農村部で民主党がそれまでになく健闘するケースも出てきている。統一地方選挙の前哨戦と言われた2006年12月10日茨城県議会議員選挙では、保守王国自民王国である茨城県において、水戸市日立市で民主党議員がトップ当選し、県南地域の土浦市でも民主党が議席を獲得した。2007年の参議院選挙では、地方を中心とする「一人区」で民主党が自民党に対し17勝6敗(無所属等も含めると23勝6敗)と3倍近い議席を獲得した。

地方組織の形成

結党当初、愛知県北海道などの旧日本社会党勢力がそのまま参加した地域を除き、地方組織がほとんど無い状態でスタートした政党だったため、国政の議員数に比べ明らかに地方議員の数が少ない状態が続いていた。 しかし、複数の国政選挙の経験から、また自由党から合流し代表となった小沢一郎の方針により、地方組織の充実のため地方議員を増加させることが党の課題とされた。2007年の統一地方選挙がその試金石であった。

2007年4月8日に実施された、東京都茨城県沖縄県を除く44道府県議会議員選挙では、民主党は都市部を中心に躍進し、埼玉県千葉県神奈川県愛知県といった大都市圏の県議会で大幅に議席を増やした。また、政令指定都市の市議選でも、札幌市名古屋市川崎市で議席数が自民党を上回り、仙台市神戸市堺市では自民党に1議席差まで迫った。議員定数の少ない選挙区でも、民主党新人が自民党の大物議員に競り勝った。

2007年4月22日実施の特別区議選では43議席増、市町村議選でも一般市議選で82議席を増やしており、地域での基盤の充実の方針が成果を収めつつあると考えられる。しかし、市区町村地方議会議員の数では、公明党日本共産党と比べると少なく、社民党よりも議員の数が少ない地域もある。

小沢一郎代表は、2007年7月の第21回参議院議員通常選挙に備え、自ら参議院一人区となっている地方を重点的に回り、自民党の支持基盤の切り崩しを図った。その結果、自民党の支持基盤である地方でも選挙区選挙で自民党候補を押す人が減り、支持の急伸した民主党候補に逆転される場合が多くなった。安倍自民党が閣僚たちの数々の不始末や年金問題などで自滅し続けていた(新聞各紙のアンケート調査)という要素もあるが、地方でこのような民主党への着実な支持が新たに広がっていたため、参議院一人区で、民主党公認候補が17勝6敗、野党系無所属候補を合わせると23勝6敗という大躍進が実現したと考えられる。

学生組織

青年局学生部(CDS)が存在する。

支援団体

カテゴリー 団体
労働組合 日本労働組合総連合会(連合)
2005年11月、組合員数約670万人。民主党の最大の支持基盤とされる。しかし、地方によっては社民党を支持する組合もある。このことから、連合内の路線も統一されていないといえる。また、かつての社会党総評ブロック、民社党同盟ブロックに見られたような「運命共同体」と呼べるほどの密接さは民主党と連合の間には存在しない。2005年9月に党代表に就任した前原誠司は、官公労との関係を見直して距離を置くという姿勢を繰り返し示したことで連合側が反発し、関係が冷え込んだこともある。連合傘下の有力単産は、政治的影響力を行使するため[10]、組織内候補を民主党を中心に擁立し、国政に送り込んでいる。

議員を送り込んでいる主な連合傘下組合は次の通り。
全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UIゼンセン同盟)
現在では日本最大の単産として強い影響力を持ち、高木剛会長他、連合に多数の役員を出している。民主党には、元幹事長で現在は副代表の川端達夫など、多数の組織内議員を送り込んでいる。
全日本自治団体労働組合(自治労)
政府が進める公務員制度改革に対しては「民主的な改革」特に労働基本権の回復に力を入れている。主に民主党を支持。高嶋良充相原久美子(自治労特別中央執行委員)をはじめ、多くの自治労関係者が民主党から出馬し当選している。
全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連)
組織内議員として、直嶋正行池口修次を擁している。
JAM
組織内議員として、津田弥太郎を擁している。
日本教職員組合(日教組)
日教組の組織内候補として那谷屋正義(日教組教育政策委員長)をはじめ、日本民主教育政治連盟(日政連)という政治団体を通じて関連議員を政界に送り込んでいる。現在の日政連議員9名のうち近藤正道社民党会派に所属)以外の8名は民主党に属している。
日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)
2名の組織内議員(高木義明轟木利治)、2名の準組織内議員(柳田稔辻泰弘)を擁している。
情報産業労働組合連合会(情報労連)
組織内議員として吉川沙織を擁している。
・その他の単産
日本郵政グループ労働組合(JP労組)、日本鉄道労働組合連合会(JR連合)など、連合傘下の有力単産が組織内議員を擁している。
宗教団体 立正佼成会新日本宗教団体連合会
以前は自民党を支持していたが、自民党が対立組織である創価学会が支持する公明党連立政権を組むようになったため、実質的に民主党を支持するようになった。2005年9月の衆院選では自民党16名に対し、民主党167名を推薦し、組織で応援している。2007年参院選では立正佼成会を支持母体とする風間直樹大島九州男[11]が民主党から出馬[12]し、両名とも当選している。
業界団体 全日本遊技事業協同組合連合会(全日遊連)および日本遊技関連事業協会(日遊協)
民主党娯楽産業健全育成研究会に属する民主党議員を通じてパチンコ業界と関係を築いている。また、19名の民主党議員がパチンコ・チェーンストア協会の政治分野アドバイザーを務める(自民党議員25名も所属)。民主党娯楽産業健全育成研究会は2005年6月、換金を合法化する『遊技場営業の規制及び業務の適正化等に関する法律案大綱』という法案を作成[4]
その他 部落解放同盟
民主党ホームページにて関連団体としてリンクされ、民主党の支持団体である[5][13]。また2004年、部落解放同盟中央書記長であった松岡徹民主党から参院選に出馬し、当選。彼は民主党『次の内閣』ネクスト法務副大臣(2007年9月就任)となっている[6]
在日本大韓民国民団
地方外国人参政権の獲得を目的に民主党と公明党の支援を表明しており[14]、小沢一郎もそれに謝意を表明し、帰化した韓国系日本人の支援を期待していると発言している。また民主党を応援しようという団員からの投稿が機関紙に掲載された[15]こともあり、2004年参院選にて民主党から比例区で出馬した白真勲は当選直後に民団へ行き「参政権運動にともに邁進しよう」と挨拶をした[16]。2007年の参院選では、在日2世(2005年帰化済)の民団員である金政玉(民団葛飾支部国際課長)が民主党から出馬したが落選[17]

訴訟

関連項目

脚注

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  1. ^ 「政治主導へ「閣僚委」「国家戦略局」 民主が政権構想」朝日新聞2009年7月11日
  2. ^ 民主党の掲げる基本政策の選挙制度に関する部分では「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」としている。
  3. ^ 国籍議連開催―民主党は不法滞在外国人のための政党か!? イケイケあかいけ!赤池まさあき (山梨1区)の国政ニュース 2009/05/29
  4. ^ a b 基本政策 民主党公式ホームページ
  5. ^ 挺身隊問題対策協、日本に慰安婦問題解決要請書伝達 聯合ニュース 2009/03/06
  6. ^ 『朝日新聞』2007年3月27日夕刊
  7. ^ 【民主党解剖】第4部 新体制の行方(3)どうなる外国人参政権 MSN産経ニュース 2009年6月4日
  8. ^ 鳩山幹事長、李韓国・韓日議員連盟会長一行を党本部に迎えて意見交換 民主党公式ホームページ 2008/12/11
  9. ^ 都市対地方の政治学―日本政治の構造変動 (ISBN 9784755611766)
  10. ^ 特に公務員組合は、労働条件の決定にあたり公権力のコントロールを直接に受ける性質上、政治的関心の度合いが高い。
  11. ^ 大島九州男は立正佼成会信者である[1]
  12. ^ 2006年12月28日付日本経済新聞「民主、立正佼成会との関係強まる・参院選へ候補擁立」
  13. ^ ただし一部の地方では、自民党議員の支援も行っている。2007年3月4日付『しんぶん赤旗』
  14. ^ 民団、民主・公明支援へ 次期衆院選 選挙権付与めざす2008年12月12日 朝日新聞
  15. ^ 2004年6月30日付民団新聞[2]
  16. ^ 2004年7月14日付民団新聞
  17. ^ 2007年5月16日付民団新聞[3]
  18. ^ 堀江元社長、民主党を提訴「偽メール問題で名誉棄損」 朝日新聞 2009年6月17日
  19. ^ 偽メール問題:堀江被告が民主党提訴 賠償と謝罪広告求め 毎日新聞 2009年6月18日

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ