民主主義のための政党
| 民主主義のための政党 Partido por la Democracia(PPD) |
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|---|---|
ジャイメ・キンタナ党首
|
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| 党首 | ジャイメ・キンタナ・レアル |
| 成立年月日 | 1987年12月15日 |
| チリ共和国下院議席数 |
(15%)
18 / 120
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| チリ共和国上院議席数 |
(8%)
3 / 38
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| 政治的思想・立場 | 中道左派 社会民主主義 社会自由主義 |
| 公式サイト | ppd.cl |
| シンボル | 青・黄・赤の3色を基調としている |
| 国際組織 | 社会主義インターナショナル |
民主主義のための政党(みんしゅしゅぎのためのせいとう、スペイン語:Partido por la Democracia、PPD)は、チリ共和国における中道左派政党で、つい最近まで政権を維持していた政党連合「コンセルタシオン・デモクラシア」(民主主義のための政党盟約)の一員でもある。単に民主党、民主主義党とも呼ばれる。同じくコンセルタシオンを構成しているチリ社会党(PS)と共に社会主義インターナショナルに加盟している。
目次 |
概要[編集]
軍政継続の是非を問うため1988年10月に予定されていた国民投票において、反軍政派は投票所における立会人を全国的規模で確保することが求められていた。そこで反軍政派は立会人を確保することを目的に当時のピノチェト大統領が同年4月に制定した政党法に基づいて1987年12月15日に「民主主義のための政党」(以下、PPD)を結成した。
当初、立会人を確保するために結成されたPPDであったが、その後、民主主義の復活と反軍政で一致する社会党員以外のあらゆる立場の人々を結集して大きな勢力となったため、国民投票で反軍政派が勝利し、1990年に軍政から民政へ移行した後も、そのまま独立した政党として存続した。そのような経緯のため二重党籍が認められており、初代党首で後に大統領となったリカルド・ラゴスも社会党との二重党籍をもっている。得票率・獲得議席とも本家の社会党より多い。
党内では現行のコンセルタシオンの枠組み維持を重視する派閥(トハ党首及びラゴス・ヴェバル第二副党首が中心)とPC(チリ共産党)など外部勢力との共闘を重視する派閥(ジェラルディ第一副党首が中心)間での対立が指摘されている。2012年10月に予定されている統一地方選挙の一つとして行われるサンティアゴ区長選にトハ党首が出馬するため、党首を辞任した事に伴い6月13日に実施された党首選では、ジェラルディ派の支援を受けたキンタナ上院議員が六割近い得票を獲得して勝利した[3]。
歴代党首[編集]
| 党首名 | 在任期間 | |
|---|---|---|
| スペイン語 | 読み | |
| Ricargo Lagos Escobar | リカルド・ラゴス | 1987-1989/1989-1990 |
| Erich Schnake Silva | 1990-1992 | |
| Sergio Bitar Chacra | 1992-1994 | |
| Jorge Schaulsohn Brodsky | 1994-1997 | |
| Sergio Bitar Chacra | 1997-2000 | |
| Guido Girardi Lavín | 2000-2002/2002-2003 | |
| Víctor Barrueto | 2003-2006 | |
| Sergio Bitar Chacra | 2006-2008 | |
| Pepe Auth Stewart | ペペ・アウス | 2008-2010 |
| Adriana Muñoz D'albora | 2009-2010 | |
| Carolina Toha Morales | カロリーナ・トハ | 2010-2012 |
| Jaime Quintana Leal | ジャイメ・キンタナ・レアル | 2012- |
脚注[編集]
- ^ チリ下院議員一覧(2012年3月16日閲覧)
- ^ チリ上院議員一覧(2012年3月16日閲覧)
- ^ 在チリ日本国大使館編「チリ政治情勢報告」(2012年5月)2頁 (PDF)
- ^ Ex Presidentes PPD。2011年2月12日閲覧
関連項目[編集]
- コンセルタシオン・デモクラシア - チリにおける中道左派勢力の政党連合。PPDも同連合の一員であり、1989年に軍政から民政に復帰して以来、与党の座を維持し続けていたが、2010年の大統領選挙で野党に転じた。
- チリの政党
外部リンク[編集]
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