死霊の盆踊り
『死霊の盆踊り』(しりょうのぼんおどり、原題:Orgy of the Dead(「死霊の乱痴気騒ぎ」))は、1965年6月1日に公開されたアメリカ映画。上映時間91分。
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[編集] 概要
平凡で間延びした演出、ダイコン演技、物語の不在、バカバカしさが全編を貫く、オカルト・エロチック・ホラー映画。「死霊」とされる女性が裸踊りをするシーンが劇中ほとんどを占めている。古い映画ではあるが当時の映画水準から見ても呆れるほど手抜きで、「死霊」達にそれらしいメーキャップがしてあるだとか、ダンスシーンがカメラワークや照明でエロチックに演出されている、といった事は全く無い。まるで固定カメラの様な動きの無いロングショットで殆ど演出も無い、素人の創作ダンスの様な退屈な踊りばかりで、カメラが切り替わると何の説明も無くいきなりトップレスで乳房を露出していたり、一人一人の踊る時間もバラバラで実に出鱈目である。さらに、「自動車事故なのに自動車が消える」、「骸骨が骨格標本をそのまま使っていて頭頂部に吊り下げ用のフックが付いている」、「真夜中のシーンなのに突然昼に変わる」、「『夜の帝王』が明らかにカンニングペーパーを読んでセリフを喋る」など、商業映画とは思えないようないい加減な部分が多い。
「夜の帝王」役のアメージング・クリスウェルは、エド・ウッド映画でおなじみの俳優。撮影現場に全くセリフを覚えないでやって来たため、カンニングペーパーを見ながらセリフを喋ることになった(画面上ではっきりと目が泳いでいる)。また、クリスウェルはセリフを喋るたびに絶賛する取り巻きを撮影現場に連れてきていた。
見た人の多くから「史上最低のハリウッド映画」、「Z級ホラー」などと酷評されている映画だが、そのつまらなさが一部で人気となり[要出典]、伝説的なカルト映画として有名になった。2005年にはDVD版も発売されている。
[編集] 日本公開時のエピソード
日本では1986年に成人映画として公開。邦題をつけたのは江戸木純。配給会社はギャガ・コミュニケーションズ(日本コロムビア)。同社が最初に配給した映画で、劇場公開時、宣伝スタッフが死霊に仮装して本物の盆踊りを催した。
1987年の「東京国際ファンタスティック映画祭」では、映画祭の正式参加作品でなく、他所の会場でのイベント上映作品に。ただし「最低映画予告編大全」との同時上映だった。この映画祭では、監督のA・C・スティーブンが来日。監督は「東京国際ファンタスティック映画祭」の正式な上映を決定事項だと信じ込んで来日したが、実際は土壇場で不合格になってしまった。江戸木らは監督が滞在中は不合格になったことを伝えないよう配慮して接待し、監督は映画祭正式参加作品になったと信じたまま帰国した。
スティーブン監督は帰国後、すぐに『死霊の盆踊りパート2』のシナリオを江戸木に送った。内容は音楽がロックになっている以外ほとんど同じだったという。
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
ある真夜中、売れない小説家のボブは、恋人のシャーリーとともに小説のネタ探しをするために墓場へドライブに。途中でシャーリーが引き返すよう強く迫り、ボブは仕方なくUターンして戻ることにした。だが、車の運転に失敗し2人は車ごと崖に転落してしまう。その頃、墓場では夜の帝王と闇の女王が死霊たちの宴を開いており、死霊となった女たちが踊っていた。その様子を物陰から見ていたボブとシャーリーは途中で見つかってしまい、縛り付けられてしばらく踊りを鑑賞させられる。そして2人は闇の女王に襲われそうになるが、その瞬間に朝日が差し込んで死霊たちは骨になり、2人は救急隊によって救出された。
[編集] スタッフ
- 製作:A・C・スティーブン
- 監督:A・C・スティーブン
- 原作:エド・ウッド
- 脚本:エド・ウッド
- 音楽:ジェイム・メンドサ=ナヴァ
[編集] キャスト
- ボブ:ウィリアム・ベイツ
- シャーリー/黄金女:パット・バリンジャー
- 夜の帝王:クリスウェル
- 闇の女王:ファウン・シルヴァー
[編集] 参考文献
- 「地獄のシネバトル」 江戸木純 洋泉社刊