武田考玄

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武田 考玄(たけだ こうげん、1916年12月1日 - 2000年12月31日)は命理家・遁甲家、演出家。横浜市出身。本名:土屋達一郎。ライジングサン石油株式會社(後のシェル石油昭和シェル石油)の創設者の1人と妾の間に5人兄妹の長男として生を受けた。旧制私立芝中学校早稲田大学政治経済学部卒業。NETテレビ(日本教育テレビ)で演出を行なううちに、メークアップの研究が観相学へと結びついた。その後四柱推命などの運命学を中国の原書から研究し始め、本場中国の原書を元にした子平(四柱推命学)の日本への導入に努めた。通信講座などで門弟も多く、日本命理学会を主宰。実妹は舞踏家の花柳三弥、元女優の島崎雪子

来歴・人物[編集]

  • NET(現・テレビ朝日)で演出家やプロデューサーとして活動後、四柱推命学などを研究する。但し、この頃の活動資金は、当時の妻であり実業家であった延子(後に離婚)の稼ぎに頼っていたものであり、その上、実生活は別居状態で、研究用として延子の金で借りた住まいで再婚後の妻となる節子とすでに生活を共にしていた。この不義理により、勘当後も僅かながら交流のあった弟妹も距離を置くようになる。
  • 氏の四柱推命では、中国の原書の一つであり、名著といわれている「滴天髄」にならい、空亡の存在自体を否定していた。
  • 近代的な医科学自然科学との調和が大きな特徴。従来の経験的な伝承よりも実際の看命に根拠を求める。とくに南半球出身者の生年月日の判断には、論拠と天文学を反映した理論を打ち立ている。しかし、誤りであるという意見も存在する。
  • 通信講座で使用されている教材『四柱推命学詳義』は、氏の主著と言えるものであるが、市販されていないため、古書として流通している。
  • 2000年の没後、氏の主宰していた「日本命理学会」は、後妻節子の親族が中心になり運営され、直接の血縁関係で学会に関わりのあるものはいない(節子との間には実子はいない)。師範、準師範、正会員という序列のもと数百人の門弟が活動している。氏の遺産は全て学会の資産としていたため、前妻との間にいた実娘には遺留分も一切相続されなかった。その後の年忌法要にも招いていない。

著書[編集]

  • 『四柱推命学詳義』
  • 『奇門遁甲玄義』
  • 『四柱推命姓名学』