武川村 (山梨県)

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むかわむら
武川村
廃止日 2004年11月1日
廃止理由 新設合併・市制施行
明野村大泉村須玉町高根町長坂町白州町武川村北杜市
現在の自治体 北杜市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
関東地方
都道府県 山梨県
北巨摩郡
団体コード 19409-3
面積 60.78km²
総人口 3,301
推計人口、2004年10月1日)
隣接自治体 韮崎市長坂町白州町南アルプス市
武川村役場
所在地 山梨県北巨摩郡武川村牧原931番地
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武川村(むかわむら)は、かつて山梨県北巨摩郡にあった

2004年11月1日、北巨摩郡内の6町村と新設合併し、北杜市となった。現在は北杜市武川地区となっている。

歴史[編集]

古代の律令制下では真衣郷に比定され、平安時代には甲斐国三御牧のひとつに数えられたである真衣野牧が設置されており、朝廷へ貢馬した。三吹に所在する宮間田遺跡は真衣野牧に関連する集落遺跡であると考えられており、「牧」字の墨書土器が出土している。また、『吾妻鏡』の建久5年(1194年)条には鎌倉へ貢馬している武川御牧が見られる。

鎌倉時代末期には甲斐源氏一条時信が子孫を配したと伝わり、武川衆と呼ばれる武士団が盤踞した。武川衆は室町時代の永享5年(1433年)には武田信長守護代跡部氏との戦いにも加わり、戦国時代には武田晴信(信玄)の弟である武田信繁を寄親とした。武田氏の滅亡後には徳川氏に属し、相模国後北条氏と武田遺領を巡った天正壬午の乱でも徳川氏を助ける。

沿革[編集]

観光[編集]

神代桜

教育[編集]

特産品[編集]

関連項目[編集]