歌川国貞 (3代目)

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「西南珍聞 俗称西郷星之図」明治10年(1877年
白拍子花子 市川團十郎東京都立図書館早稲田大学演劇博物館など蔵。明治14年(1884年)4月東京市村座上演の 『鎮西八郎英傑譚』から中幕『春色二人道成寺』を描いた役者絵。
清佛戦争記」 明治14年1884年

三代目 歌川国貞(さんだいめ うたがわ くにさだ、嘉永元年(1848年) - 大正9年(1920年10月26日)とは、江戸時代末期から明治時代にかけての浮世絵師

来歴[編集]

三代目歌川豊国及び四代目歌川豊国の門人。姓は竹内(母方)、幼名は朝太郎、名は栄久。梅堂、香朝楼、一寿斎、梅堂豊斎、芳斎と号す。江戸日本橋の生まれ。父は大阪屋栄次郎(杵屋貞山)、母は堀利煕の藩士の娘で姓を竹内といった。安政5年(1858年)、三代目豊国に入門し、梅堂国政一寿斎国政四代目歌川国政)と称した。三代目豊国の没後、二代目歌川国貞(四代目豊国)に学ぶ。明治22年(1889年)に三代目として国貞の名を継ぎ、香蝶楼と号す。さらに明治24年(1891年)以降、豊斎と号した。主に文明開化絵役者絵を描き、初代市川左團次似顔絵を得意としていた。風俗画も多く描いている。

国政時代には「東京十二景」、「東京写真名所一覧」、「東京開化名景競」、「東京尾張街繁栄之図」、「東京銀座煉瓦石造繁栄之図」などの3枚続がある。蒸気機関車を何枚も描いて開化絵に積極的であった。その他、役者の似顔絵、博覧会図、版本、新聞挿絵なども手がけている。大正9年10月26日死去。享年73。

門人に五代目歌川国政二代目歌川国虎尾竹国一がいる。

作品[編集]

  • 「東京新橋鉄道繁栄并高輪遠景」 大判3枚続 交通博物館[1]早稲田大学図書館[2]慶応大学図書館、博物館明治村[3]など所蔵 明治6年(1873年)1月
  • 「東京名所 室町三井富士遠景」 大判3枚続 GAS MUSEUM がす資料館、早稲田大学図書館、逓信総合博物館など所蔵 明治7年(1874年)
  • 「新富座本普請落成夜劇場看客群集図」 大判3枚続 GAS MUSEUM がす資料館所蔵 明治11年(1878年)
  • 「東京吾妻橋新築落成之図」 大判3枚続 GAS MUSEUM がす資料館所蔵 明治20年(1887年)

参考文献[編集]

  • 吉田漱 『浮世絵の基礎知識』 雄山閣、1987年7月、ISBN 978-4-6390-0659-6
  • 吉田漱 『浮世絵の見方事典』 北辰堂、1987年7月、ISBN 978-4-8928-7152-8
  • 坂崎靖司監修 『明治瓦斯灯錦絵づくし --GAS MUSEUM がす資料館収蔵目録』 株式会社アーバン・コミュニケーションズ、1996年2月、ISBN 978-4-9000-8513-8

関連項目[編集]