檸檬 (小説)

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檸檬
著者 梶井基次郎
発行日 1925年1月
ジャンル 短編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
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檸檬」(れもん)は、梶井基次郎短編小説。梶井の代表作であり、得体の知れない憂鬱な心情や、ふと抱いたいたずらな感情を、色彩豊かな事物や心象と共に詩的に描いている。1925年(大正14年)、同人誌『青空』1月創刊号の巻頭に掲載ののち、梶井の亡くなる1年ほど前の1931年5月、武蔵野書院より刊行された作品集『檸檬』に表題作として収録された。

あらすじ[編集]

得体の知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。それは肺尖カタル神経衰弱や借金のせいばかりではなく、いけないのはその不吉な塊だ。好きな音楽や詩にも癒されず、よく通っていた文具書店の丸善も、借金取りに追われる私には重苦しい場所に変化した。友人の下宿を転々とする焦燥の日々のある朝、私は京都の街から街、裏通りを当てもなくさまよい歩いた。

ふと、前から気に入っていた寺町通の果物屋の前で私は足を止め、美しく積まれた果物や野菜を眺めた。珍しく私の好きなレモンが並べてあった。私はレモンを一つ買った。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛ゆるみ、私は街の上で非常に幸福であった。

私は久しぶりに丸善に立ち寄ってみた。しかし憂鬱がまた立ちこめて来て、画本の棚から本を出すのにも力が要った。次から次へと画集を見ても憂鬱な気持は晴れず、積み上げた画集をぼんやり眺めた。私はレモンを思い出し、そこに置いてみた。私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。見わたすと、そのレモンの色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。それをそのままにしておいて私は、なに喰くわぬ顔をして外へ出ていくというアイデアを思い浮かべた。レモンを爆弾に見立てた私は、すたすたとそこから出て、粉葉みじんに大爆発する丸善を愉快に想像しながら、京極(新京極通)を南下し去った。

解題[編集]

梶井は「檸檬」に先立って、1922年、一個の檸檬に心を慰められるという内容の「檸檬の歌」という文語詩を作っているが[1]、小説の原型となっているのは1924年(大正13年)に梶井が書き進めていた「瀬山の話」という習作中の断章「瀬山ナレーション」である(当時梶井は「ポール・セザンヌ」をもじった「瀬山極」という筆名を使い、大学の劇研究会の雑誌に投稿していた)。「瀬山の話」は梶井の三高時代の内面の総決算となるはずの作品であったが、梶井はうまく結末をつけることができずに完成を諦め、かわりにこの中の一挿話を独立した短編に仕立て直した。この「檸檬」において、作者自身の内面の全体を表現しようとすることを止め、また主人公の境遇や性格の描写といった従来の小説的方法を廃し、束の間の感覚的な経験を再構成するという方法を取ったことは、梶井のその後の文学活動の礎となったと考えられる[2]

「檸檬」は1925年1月、梶井の参加する同人誌『青空』創刊号の巻頭に掲載された[2][1]。『青空』は梶井のほか中谷孝雄外村繁小林馨など、三高劇研究会のメンバーだった東大在学生を中心として創刊された同人誌であったが文壇からは注目されず、梶井にとって自信作であった「檸檬」も発表当時は世間に認められることはなかった[3]。7年ほどのち、三好達治淀野隆三らの奔走によって梶井の作品集『檸檬』(武蔵野書院)が1931年5月に出版され、「檸檬」が表題作として収録された。その翌年2月には小林秀雄が『中央公論』誌上で嘉村礒多と並んで梶井を論じ、「檸檬」をとりあげて「近代知識人の頽廃、或ひは衰弱の表現であるが(略)この小説の味はいには何等頽廃衰弱を思はせるものがない。切迫した心情が童話の様な生々とした風味をたたへてゐる。」などとして高い評価を与えている(「梶井基次郎と嘉村礒多」)[3]

作中の「私」がレモンを買った果物屋は、京都市中京区の「八百卯」だが、2009年(平成21年)1月25日に閉店された。また作中に登場する書店・丸善は当時、三条麩屋町付近にあった初代店舗である。丸善・京都店にはレモンを置き去る人があとを絶たなかったといわれる。その後河原町通蛸薬師に2代目の店舗が建てられたが2005年(平成17年)10月に閉店された。

大阪市西区靭本町の靱公園内には、1981年(昭和56年)に建立された文学碑があり、『檸檬』の一節が刻まれている。

おもな刊行本[編集]

  • 『檸檬』(武蔵野書院、1931年5月15日 ※印刷は5月10日)
    • 題字:梶井基次郎。総271頁。
    • 収録作品:檸檬(5 - 15頁)、城のある町にて(17 - 62頁)、泥濘(63 - 78頁)、路上(79 - 88頁)、過古(89 - 93頁)、雪後(95 - 111頁)、 ある心の風景(113 - 130頁)、Kの昇天―或はKの溺死(131 - 143頁)、冬の日(144 - 171頁)、櫻の樹の下には(173 - 177頁)、器樂的幻覺(179 - 184頁)、筧の話(185 - 189頁)、 蒼穹(191 - 196頁)、冬の蠅(197 - 217頁)、 ある崖上の感情(219 - 242頁)、愛撫(243 - 249頁)、闇の繪巻(251 - 258頁)、交尾(259 - 271頁)
  • 『檸檬』(新潮文庫、1967年12月10日。改版2003年)
    • カバー装幀:船坂芳助。付録・解説:淀野隆三
    • 収録作品:檸檬、城のある町にて、ある心の風景、Kの昇天、冬の日、蒼穹、筧の話、器楽的幻覚、冬の蝿、桜の樹の下には、愛撫、闇の絵巻、交尾
  • 『檸檬・冬の日―他九篇』(岩波文庫、1954年4月25日。改版1985年)
    • 装幀:精興社。付録・解説:佐々木基一淀野隆三「本書の校訂について」。略年譜。
    • 収録作品:檸檬、城のある町にて、ある心の風景、冬の日、筧の話、冬の蝿、闇の絵巻、交尾、のんきな患者、瀬山の話、温泉、断片
  • 復刻版『檸檬』(日本近代文学館、1974年9月20日)
    • ※ 名著複刻全集シリーズ。収録作品は初版と同じ。
  • 『梶井基次郎全集 全1巻』(ちくま文庫、1986年8月26日)
    • 付録・解説:高橋英夫
    • 収録作品:檸檬、城のある町にて、泥濘、路上、椽の花、過古、雪後、ある心の風景、Kの昇天、冬の日、蒼穹、筧の話、器楽的幻覚、冬の蝿、ある崖上の感情、桜の樹の下には、愛撫、闇の絵巻、交尾、のんきな患者、詩二つ、小さき良心、不幸、卑怯者、大蒜、彷徨、裸像を盗む男、鼠、カッフェー・ラーヴェン、母親、奎吉、矛盾の様な真実、瀬戸内海の夜、帰宅前後、太郎と街、瀬山の話、夕凪橋の狸、貧しい生活より、犬を売る露店、冬の日、汽車 その他、凧、河岸 一幕、攀じ登る男 一幕、栗鼠は篭にはいっている、闇の書、夕焼雲、奇妙な手品師、猫、琴を持った乞食と舞踏人形、海、薬、交尾、雲、籔熊亭、温泉
  • 英文版『Oxford Book of Japanese Short Stories (Oxford Books of Prose & Verse) 』(編集:Theodore W. Goossen。訳:Jay Rubin)(Oxford and New York: Oxford University Press,、1997年)

テレビドラマ化[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 鈴木貞美 「略年譜」 『新潮日本文学アルバム27 梶井基次郎』 104-108頁。
  2. ^ a b 鈴木貞美 「評伝」 『新潮日本文学アルバム27 梶井基次郎』 36-37頁。
  3. ^ a b 淀野隆三 「解説」 『檸檬』 新潮文庫、284-286頁。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]