横浜公園
| 横浜公園 Yokohama Park |
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|---|---|
横浜公園と横浜スタジアム
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| 所在地 | |
| 分類 | 都市公園(総合公園) |
| 面積 | 63,787m2 |
| 開園 | 1876年9月 |
| 運営者 | 横浜市 |
| 現況 | 年中開放 |
| 設備・遊具 | 横浜スタジアム |
| 駐車場 | なし(日本大通り地下駐車場を利用) |
| 建築家・技術者 | リチャード・ブラントン |
| 事務所 | 横浜市役所環境創造局南部公園緑地事務所都心部公園担当 |
| 事務所所在地 | 神奈川県横浜市中区真砂町二丁目22 |
| 公式サイト | 横浜公園 |
横浜公園(よこはまこうえん、Yokohama Park)は、神奈川県横浜市中区にある公園。横浜市役所に隣接し、敷地内に横浜DeNAベイスターズが本拠地としている横浜スタジアムがある。面積は約63,800m²。市内では山手公園の次に古い西洋式公園で、日本人にも開放されていたものとしては日本最古。
目次 |
[編集] 概要
横浜港が開港された時代、関内であったこの場所には当時港崎遊郭があった。しかし1866年11月26日(慶応2年10月21日)の大火「豚屋火事」によって焼失、明治維新の最中であったことから復興が遅れ、明治政府が樹立した後の1875年(明治8年)、在留外国人の生活環境改善を求めた条約に基づき、土木技師リチャード・ブラントン設計のもと遊郭跡地に公園、公園から港に向かって新道路が建設され、それぞれが現在の横浜公園と日本大通りとなった。なお、この折に馬車道や海岸通りも整備されている。「横浜公園」は外国人と日本人が共同で使用する公園であったことから、当時「彼我公園」(ひがこうえん)と呼ばれ園内には外人居留地運動場(野球場を兼ねたクリケット場など)も建設された。この運動場では1896年(明治29年)5月23日には日本で最初の野球の国際試合が旧制一高ベースボール部と外人クラブの間で行われた。1929年(昭和4年)には野球場が造られ、1936年(昭和11年)11月には公園内の横浜市から無償貸与された敷地に神奈川県立武道館(神奈川県学務部所管)が開館した。
太平洋戦争後は米国により、公園内の「フライヤー体育館」(FAC3618、接収期間:1952年7月26日[1]-1953年11月12日[2])および「横浜チヤペルセンター」(FAC3672、接収期間:1952年7月26日[1]-1978年6月19日[3])が接収された。
1952年(昭和27年)、公園内の野球場は当時の市長によって「横浜公園平和野球場」(通称:平和球場)と名付けられ、プロ・アマ、大人・子供を問わない野球の親善交流試合が数多く行われた。
1978年(昭和53年)、老朽化した平和球場を取り壊して横浜スタジアムが建設され、また園内の老朽化した施設を更新して日本庭園や水場をあしらったモニュメント広場が整備された。公園内にあった神奈川県立武道館は岸根公園内(横浜市港北区)に移転した。
1997年(平成9年)、チューリップが横浜市中区の区花に指定されたのを期に、横浜公園には市民の手によってチューリップが植えられ、春先は「チューリップの咲く公園」としても有名となっている。
2007年(平成19年)2月6日に、文化財登録原簿に登録され[4]、2009年(平成21年)2月6日に、近代化産業遺産に指定された。
[編集] 主な施設
- 横浜スタジアム
- 日本庭園
- 水の広場