横河武蔵野アトラスターズ

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横河武蔵野アトラスターズ
原語表記 横河武蔵野アトラスターズ
クラブカラー     
愛称 武蔵野アトラスターズ
創設年 1946年
代表者 岡部正俊(部長)
監督 山崎豪
所属リーグ イーストリーグ ディビジョン1
チームカラー
公式サイト
http://www.yokogawa-rugby.com/
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横河武蔵野アトラスターズ(よこがわむさしのアトラスターズ、アルファベット表記:Yokogawa Musashino Atlastars)は、東京都武蔵野市を本拠地とする社会人ラグビーチームである。イーストリーグディビジョン1所属。 母体は横河電機。トップリーグ昇格時に現名称となったが、クラブチーム化し後にNPO法人を立ち上げたサッカー部とは違い、現在も本社のラグビー部としての位置づけにある。

ホームグラウンドは、横河電機武蔵野グラウンドである。[1]

概要[編集]

チーム名の「アトラスターズ(Atlastars)」は、「Atlas」と「Stars」からなる造語であり、最後に勝ち残るという思いを込めて「At last」も掛けている。

歴史[編集]

1946年(昭和21年)創設。全国社会人大会でベスト4を4度記録した社会人ラグビーにおける古豪のひとつとして知られる。1988年から1990年まで東日本社会人リーグに所属していた。

しかし、その後暗黒時代に突入し、2003-04シーズンはトップイースト10チーム中9位に沈んだ。

だが、2004年(平成16年)に元日本代表の吉田義人がコーチに就任すると、チームの成績はみるみる上昇。そして2008年(平成20年)、トップリーグ初昇格を決めた。そしてチーム名称を「横河武蔵野アトラスターズ」に変更する。そのトップリーグでは、2008-09シーズンで最下位となり、自動降格。

2011年(平成23年)9月25日、試合中にスクラムの組み方を巡ってもめた際、東日本大震災の被災地・岩手県釜石市を拠点とする釜石シーウェイブスの選手に対し、横河の選手が「お前ら、震災で頭おかしくなったんちゃうか」と暴言を吐き[2][3]、試合翌日から30日間の対外試合出場停止処分を受けた。その後の半月間も活動自粛したため、都合4試合を欠場することとなった。[4]その後もトップリーグ入替戦で敗れるなど苦しい戦いを強いられている。

主な成績[編集]

  • 2000-2001シーズン 関東社会人リーグ1部Bグループ 5勝2敗 4位
  • 2001-2002シーズン 関東社会人リーグ1部Bグループ 4勝3敗 勝点23 5位
  • 2002-2003シーズン 関東社会人リーグ1部Bグループ 4勝3敗 勝点23 4位 トップイースト10へ昇格
  • 2003-2004シーズン トップイースト10 1勝8敗 勝点7 9位
  • 2004-2005シーズン トップイースト10 2勝6敗1分 勝点13 8位
  • 2005-2006シーズン トップイースト10 3勝6敗 勝点17 6位
  • 2006-2007シーズン トップイースト11 7勝3敗 勝点34 4位
  • 2007-2008シーズン トップイースト11 10勝 勝点49 優勝 トップリーグへ昇格
  • 2008-2009シーズン ジャパンラグビートップリーグ 1勝12敗 勝点8 12位 トップイーストリーグへ降格
  • 2009-2010シーズン トップイーストリーグ 10勝1敗 勝点48 準優勝 トップチャレンジに出場
  • 2010-2011シーズン トップイーストリーグ 6勝5敗 勝点31 6位
  • 2011-2012シーズン トップイーストリーグDiv.1 1勝8敗 勝点5 9位
  • 2012-2013シーズン トップイーストリーグDiv.1 3勝6敗 勝点18 7位
  • 2013-2014シーズン トップイーストリーグDiv.1 8勝1敗 勝点37 準優勝 トップチャレンジに出場
  • 2014-2015シーズン トップイーストリーグDiv.1 4勝5敗 勝点21 6位

主な在籍選手[編集]

  • 栗林宜正(主将)
  • 西真(副将)
  • 小笠原和徳(FWリーダー)
  • 那須光(BKリーダー)

歴代所属選手[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]