槇原敬之
| 槇原 敬之 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 槇原 範之[1] |
| 別名 | マッキー(Mackey) |
| 出生 | 1969年5月18日(42歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 青山学院大学中退 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家 |
| 担当楽器 | 歌、ピアノ、キーボード |
| 活動期間 | 1990年 - |
| レーベル | Buppuレーベル(2010年 - 現在)[2] (過去のレーベルについては#レーベルの変遷を参照) |
| 事務所 | ワーズアンドミュージック |
| 影響 | イエロー・マジック・オーケストラ、美輪明宏 |
| 公式サイト | MAKIHARANORIYUKI.COM |
槇原 敬之(まきはら のりゆき、1969年5月18日 - )は、日本のシンガーソングライター・作詞家・作曲家・編曲家。現在の所属レコード会社(レコードレーベル)はBuppuレーベル[2]。公式ファンクラブは「Smile Dog」である。身長176.2cm。未婚。
目次 |
[編集] 人物
- 1969年、大阪府高槻市で電器店を経営する夫妻のもとに生まれる。兄弟はおらず、一人っ子。愛称「マッキー」。
- 親戚には、同じくミュージシャンのローリー(従兄、すかんちのローリー寺西)と日産の元レーシングドライバーの寺西孝利がいる。槇原、ローリー共に実家は地元・大阪府高槻市の電器店を経営(槇原家が支店)。
- 大阪府立春日丘高等学校卒業後、青山学院大学文学部第二部(夜間部)英文学科中退。
- 大の愛犬家で、2010年7月現在はフレンチ・ブルドッグを8匹、パグを1匹飼っている[3]
- オリジナル曲に関しては、ほぼ全曲の作詞、作曲、編曲を槇原本人がこなす。
- 楽曲制作については、「詞先(しせん)」と呼ばれる、詞を先に作る方法を多用する[4]。作詞の題材は、主に日常の生活に起こる出来事や恋愛模様であり、現実感のある言葉を用いた表現が選ばれることが多い。反対に観念的表現が直接的に用いられることは少ない[4]。
- 楽曲の作風について、特に初期の作品では、恋愛における男性の幼さ、弱さをアイロニックに表現するような歌詞に独自の特色が見られた。近年では、SMAPに提供した「世界に一つだけの花」や「僕が一番欲しかったもの」など、生きることや人のアイデンティティについて深く掘り下げた作品(本人が言うところの「ライフソング」)を発表している。
[編集] 来歴
- 1984年、高校在学中の16歳時、坂本龍一が当時担当していたNHK-FM放送の番組『サウンドストリート』のデモテープコーナーに、アーティスト名「C・M・C」(コンプレッサーズ・ミュージック・クラブ)として「HALF」という楽曲を応募する。楽曲を聴いた坂本から「良いバランスで仕上がっている。言う事なし」と絶賛を得て、番組では異例のフルコーラスが放送された。同曲は、その後、同企画での優秀作品をまとめたコンピレーション・アルバム]『Demo Tape-1』(MIDI)に収録された[4]。
- 1990年3月、「AXIA MUSIC AUDITION '89」で、グランプリを獲得。デモテープを聴いた一般の音楽ファンからの投票で選ばれる「一万人審査員賞」とのダブル受賞であった。応募曲は後にデビューシングルとなる『NG』で、サポートギタリストは寺西一雄(ローリー)。
- 1990年10月25日 シングル「NG」とアルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』でWEAミュージック(後にワーナーミュージック・ジャパンに併合)よりデビュー。
- 1991年6月10日、3枚目のシングル「どんなときも。」発売。同曲は、映画『就職戦線異状なし』主題歌、ケンタッキーフライドチキンのCFソングに選ばれるなど話題となり、シングル、アルバム通じて自身初のミリオンセラーとなった。これは現時点におけるシングルの自己最高売上記録でもある。これらの活躍により、同年の第42回NHK紅白歌合戦に初出場を果たした。また、同曲は翌1992年の春の選抜高校野球入場行進曲にも選ばれた。
- 11月10日、4枚目シングル「冬がはじまるよ」をリリース。
- 1992年5月25日、5枚目シングル「もう恋なんてしない」をリリース。ドラマ主題歌となり、ミリオン達成。
- 1994年8月25日、TBS系ドラマ「男嫌い」主題歌「SPY」リリース。80万枚を売り上げる。
- 1996年、所属レコードレーベルのワーナー内にプライベートレーベル「River Way」を立ち上げる。
同年、同プライベートレーベルより全曲ネイティブ・スピーカーによる英語詞のアルバムをリリース。同アルバム発 売直前に発売されたシングル「COWBOY」のPVはイギリスのデザイン集団Me Companyが制作、CGを駆使したアニメーション作品が話題を呼ぶ。
- 1997年、ソニー・ミュージックエンタテインメントに移籍。
- 1999年8月26日、覚せい剤所持が発覚。情報を得て内偵中だった警視庁本富士警察署の捜索を受けた際、自宅から発見され、覚せい剤取締法違反(所持)現行犯で逮捕される[5]。本人は300万円の保釈金によって保釈[6]、その後に執行猶予付きの有罪判決を受けた(懲役1年6月、執行猶予3年)。逮捕のため9月から予定されていたコンサートツアーの中止やCDが発売元のレコード会社によって店頭から回収される動きがあり[7]、このときファンが買いに走ったために、過去の作品の売上が伸びるという現象が起こった[8]。
- 2000年、以前所属していたワーナーミュージック・ジャパンに復帰移籍し、11月にアルバム『太陽』で活動再開。
- 2003年、自身が作詞・作曲し、SMAPに提供した「世界に一つだけの花」がダブルミリオンを記録。
- 2004年、レコード会社をEMIミュージック・ジャパンに移籍。
- 同年、前年のヒットを受け、「世界に一つだけの花」が春の選抜高校野球入場行進曲に選ばれる。
- 6月29日、7月1日、2日、大阪城ホールと日本武道館でオーケストラを交えたライブ「MAKIHARA NORIYUKI SYMPHONY ORCHESTRA CONCERT "cELEBRATION"」開催。
- 8月、13枚目のオリジナルアルバム『EXPLORER』とベストアルバム『Completely Recorded』が発売され、翌月にはアルバム総売上枚数が1,000万枚を突破。男性ソロ歌手としては井上陽水、長渕剛に次いで3人目であり、初チャートインから13年2ヶ月での達成は史上最速記録となった。
- 2006年3月、14枚目のオリジナルアルバム『LIFE IN DOWNTOWN』の売り上げで、アルバム総売上枚数が井上陽水を抜き、男性ソロ歴代1位となる。
- 2007年、レコード会社をエイベックス(レーベルはJ-more)に移籍。
- 12月31日、8月にリリースした36枚目のシングル「GREEN DAYS」で16年ぶりに第58回NHK紅白歌合戦に出場。
- 2010年1月1日に20周年記念ベストアルバム「Noriyuki Makihara 20th Anniversary Best LOVE」と「Noriyuki Makihara 20th Anniversary Best LIFE」の2枚を同時発売。
- 6月30日、17枚目のオリジナルアルバム「不安の中に手を突っ込んで」発売。
- 7月21日に発売されたSMAPのオリジナルアルバム「We are SMAP!」に「Love & Peace Inside?」を提供。
- デビュー20周年記念ライブとなる「NORIYUKI MAKIHARA SYMPHONY ORCHESTRA CONCERT "cELEBRATION 2010"~Sing Out Gleefully!~Supported by BEAMS」を10月に大阪城ホールと日本武道館にて開催。
- 11月29日、独自レーベルであるBuppuレーベルを立ち上げ、J-moreからBuppuレーベルへ移籍[2]。
- 2011年3月11日、Buppuレーベル第一弾シングル「林檎の花」をリリース
- 7月27日、Buppuレーベル第一弾アルバム「Heart to Heart」をリリース。
- 9月、9月24日より2012年1月まで行われるコンサートツアー「Makihara Noriyuki Concert Tour 2011-12“Heart to Heart”」が千葉県の市原市民会館よりスタート。
- 2012年2月3日より、毎週金曜更新のインターネットラジオ「神宮前ヴェランダスタジオ」放送開始。
[編集] 所属レーベル
- WEA MUSIC(1990年-1992年)
- ワーナーミュージック・ジャパン(1993年-1996年)(ワーナーの会社名変更に伴う)
- ソニー・ミュージックレコーズ(1997年-1998年)
- SME Records(1998年-1999年)(社内レーベル移籍)
- ワーナーミュージック・ジャパン(2000年-2003年)
- 東芝EMI(現:EMIミュージックジャパン)(2004年-2006年)
- J-more(エイベックス)(2007年 - 2010年)
- Buppuレーベル(2010年 - )[2]
[編集] 松本零士との裁判
「松本零士#銀河鉄道999裁判」を参照
2006年10月、CHEMISTRYに提供した『約束の場所』の歌詞の一部に対し、漫画家の松本零士が「『銀河鉄道999』内のセリフを盗用された」と主張。 2007年3月22日に、槇原敬之が東京地方裁判所に、著作権侵害不存在確認等請求を起こし、盗作である証拠が示せなかった場合は損害賠償を請求した。その後、12月26日に東京地裁は、松本零士の槇原敬之への名誉毀損を認め損害賠償を命ずる判決を下した[9]が、双方とも控訴。最終的に、松本零士が「槇原さんの社会的な評価に相当な影響を与えた」と陳謝することで和解となった。
[編集] エピソード
- 自らの音楽のルーツについて本人が語るところに寄れば、ピアノを習い始めたきっかけは保育園の保育士がピアノで弾いた「エリーゼのために」に感銘を受けたから、とのことである。また、歌の原点としては伯父が、クラシック好きの人で、小学校の時にポール・モーリアのことを教えてもらったことをあげている。当時ポール・モーリア・グランド・オーケストラが来日する度にコンサート(5回から6回)へ行き夢中になった。それ(オーケストレーション)がすごい勉強になり「僕の曲づくりのもとはポール・モーリアである!」と豪語しているという。
- 中学2年頃から友人と共に楽曲制作を開始。この頃聴いたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に大きな衝撃を受け、「体の中が全部YMOだった」と語るほど夢中になったと語っている。YMOは、以降の槇原オリジナルの楽曲、特に音作りの部分に多大なる影響を与える。相当影響を受けた様で、テレビで「YMOと出会ってなかったら音楽はやってなかった」と言う程である。後に「君に、胸キュン。」をカバーしていることからもYMOの影響を受けたことが窺える。
- 当時、制作した楽曲入りのカセットテープを近所のレコード店にたびたび持ち込み、そうした作品が「close to you」という2曲入り300円のテープとして発売されたことがある。これが槇原にとって人生で初めて市販された音楽となった。
- ボーカルは、当初は作曲機材の少なさを埋める程度のものと考え、本人は現在のように本格的に人前で唄う仕事よりも作曲家などの裏方仕事を目指していたようである。しかし、後にカーペンターズに影響を受けてボーカルの楽しさにも目覚めた。
- 大学受験浪人中も音楽活動を続けていた。三浪して当時憧れの存在だった桑田佳祐もかつて在籍していた青山学院大学文学部英文学科の第二部(夜間部)入学したが、のちに芸能活動が忙しくなりやむなく中退した。ラジオ番組において、番組のスポンサーであった駿台予備校を読み上げた際には、「僕、予備校時代には駿台予備校に通っていたんですよ」と語ったこともある。
- 1991年の「どんなときも。」ヒット当時、内村光良(ウッチャンナンチャン)はバラエティ番組ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!において、槇原をデフォルメした「ドンナトキモ槇原」というキャラクターを演じていたことがある。
- 出身校である高槻市立柳川中学校の先輩には京本政樹、大阪府立春日丘高等学校の先輩に嘉門達夫がいる。嘉門と槇原はどちらが先に年末のNHK紅白歌合戦に出場するかを競い合っていたが、勝負の結果は槇原が1991年初出場、一方の嘉門は翌1992年初出場となり、後輩の槇原が辛くも勝利を納めることになった。
- フジテレビ「僕らの音楽2」で美輪明宏と共演した際、覚せい剤事件での謹慎中に美輪の著書『紫の履歴書』を読んで感銘を受けたことを涙ながらに語っている。美輪との関係では、事件以降にリリースしたカバーアルバム『Listen To The Music 2』において、美輪の「ヨイトマケの唄」をカバーしている。
- 槇原と同じく歌手のaiko共々お互いがファンで、2008年2月放送のHEY!HEY!HEY!にてお互いのメールアドレスを交換したりもしている。
- 本人は出演のラジオ番組にて麻薬事件を、「常に音楽性の変化(チャレンジ)を求める自分と、ヒット楽曲をコンスタントに求めるレコード会社(世間)とのギャップに悩んだ弱さの結果だ」と語っている。
- 麻薬事件によるコンサートのキャンセル及びCDの引き上げなどにより多額の負債を背負ったが、「世界に一つだけの花」の大ヒットで全て完済したとされる。
- 容姿が漫画家のみずしな孝之とよく似ている。みずしなによれば以前あるテレビ局の局内で二人がばったり出会ったことがあり、その際に「よく似てますね」と槇原からお墨付きをもらったという。
- 尾崎豊が生前に愛用していたベンツを買い取り使用していたことがある。
- 薬物での逮捕歴がある芸能人の場合、仕事復帰後はそれをタブー化してしまうのが普通だが、槇原の場合は、テレビ番組出演時などもそのことについて隠すことなく話し、それがそのまま放送されていることも少なくない。逮捕という経験が自らの人生観や楽曲に及ぼした影響や、矢野顕子に激励されたエピソードなどを話すことが多い。
- 自他共に認める汗っかき。ステージは勿論、TV番組などに出演の際も常に手の届く場所にハンカチやハンドタオルを置いている。
- 好物はエビフライ。元来太りやすい体質なので、体型を気にして普段はある程度節制した量に留めているが、年に1度、「自分に御褒美」と称して“大人買いならぬ大人食い”をする。エビの下ごしらえから油で揚げる調理も自分で行う[10]。他のおかずは必要とせず、白い御飯を片手に心ゆくまで堪能すると言う。
[編集] ディスコグラフィ
詳細は「槇原敬之のディスコグラフィ」を参照
現在で、シングルは独自レーベル「Buppu レーベル」から発売された『林檎の花』(2011年3月11日発売)が最新で41枚目。アルバムはオリジナルアルバム『Heart to Heart』(2011年7月27日発売)が最新で18枚目、その他にもベストアルバムが10枚、ライブアルバムが4枚などがある。
[編集] レギュラー出演番組
[編集] テレビ番組
- 探偵!ナイトスクープ(ABCテレビ、顧問。不定期出演。現在はほとんど出演していない。)
- 新堂本兄弟(2011年5月 - )
[編集] ラジオ番組
- 神宮前ヴェランダスタジオ(インターネットラジオ、2012年2月3日放送開始。毎週金曜日更新予定。)
[編集] 過去の出演番組
[編集] ラジオ番組
- 槇原敬之とキタモンダ (FM大阪、1990年 - 1991年)
- 槇原敬之のオールナイトニッポン(ニッポン放送火曜第2部、1991年 - 1992年)
- MUSIC GUMBO(FM802、1991年 - 1994年、KANと隔週で日曜を担当)
- 槇原敬之の HITACHI CLOSE TO YOU(TOKYO FM系列、1993年 - 1999年)
- Kakiiin(TBSラジオ、2010年10月6日 - 2011年4月 毎週水曜日レギュラー)
- はい、槇原です。(TBSラジオ、2011年4月9日 - 2011年12月31日)
[編集] その他の出演番組
- 21ヶ月〜シンガーソングライター槇原敬之の時間が止まった時(TOKYO FM、2001年5月30日)
- 1999年の逮捕後初めて、公の場でその前後のことを自ら語る。TBSラジオ『コサキンDEワァオ!』[11]に次ぐ同時間帯での聴取率を記録する。平成13年度日本民間放送連盟賞参加作品・優秀賞受賞。
- FNS地球特捜隊ダイバスター63 - 67話(フジテレビ、2007年放送) - 新隊員「M.ノリユキ」役で声の出演
- ミュージックラバーズ(日本テレビ、2007年11月4日・2008年11月16日・2009年12月27日)
[編集] 他者への提供楽曲
| 提供作品 | 唄 | 作詞 | 作曲 | 編曲 | セルフカバー (収録アルバム) |
|---|---|---|---|---|---|
| ほんとは、ね… | 松下里美 | 木下鉄丸[12] | 木下鉄丸 | 門倉聡 | × |
| Name Of Love | 寺西一雄 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(Cicada) |
| 待ってたぜBABY![13] | Thunder Babies | 槇原敬之&Thunder Babies | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| 15分 | 坂本美雨 | 坂本美雨 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| 世界に一つだけの花 | SMAP | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 門倉聡(Single ver. ストリングスアレンジ) 上杉洋史(organ ver.) |
○(EXPLORER) |
| さよなら小さな街 | 野宮真貴 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | コモエスタ八重樫×パラダイス山元 | ○(本日ハ晴天ナリ) |
| THE GIFT(ギフト) | Blue | 槇原敬之 | ○(EXPLORERなど) (邦題:「僕が一番欲しかったもの」) |
||
| Boy,I'm gonna try so hard. | 鈴木雅之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(EXPLORER) |
| Gazer | 鈴木雅之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(Single「ほんの少しだけ」C/W) |
| ハトマメ 〜Say Hello To The World.〜 |
The Students | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(EXPLORER) |
| チキンライス | 浜田雅功と槇原敬之 | 松本人志 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(LIFE IN DOWNTOWN) |
| HAHAHA〜エルモのテーマ〜 | エルモ(声:松本健太) | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| トマト | 渡辺美里 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 有賀啓雄 | × |
| 約束の場所[14] | CHEMISTRY | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 村田陽一(吹奏楽アレンジ) |
○(テレビ・コンサートのみ) CHEMISTRYとフジテレビ番組で歌唱 2009年クリスマスコンサートで歌唱 |
| フルサト | 夏川りみ | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(不安の中に手を突っ込んで) |
| LAUGH!LAUGH!LAUGH! | LIVE STAND 07公式テーマソング | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| 悲しみの帳 | 小林幸子 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| 僕の今いる夜は | M &THE RADIODOGS | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(Personal Soundtracks) |
| Chocolats et Sweets | クレモンティーヌ | 槇原敬之(フランス語詩:クレモンティーヌ) | 槇原敬之 | ○(Personal Soundtracks) | |
| 着メロ | 藤井フミヤ | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 佐橋佳幸 | × |
| かみさまでもえらべない。 | Early Morning | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| Love & Peace Inside? | SMAP | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | × |
| Sweet Season | 浜崎あゆみ | 浜崎あゆみ | 槇原敬之 | 小林信吾 | × |
| Jewell In Our Hearts | ニック・カーター | 槇原敬之 | 槇原敬之 | 槇原敬之 | ○(Heart to Heart) |
[編集] 他者作品への編曲参加等
| アーティスト | 曲名 | 作詞/作曲 | 収録アルバム | 参加形態 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 川崎真理子 | 失恋はつかれる | 川崎真理子 | GIRL'S TALK | 編曲 | 木下鉄丸 名義 | |
| カズン | 冬のファンタジー | カズン、小林和子 | ラブ&スマイル | コーラス | クレジットなし | |
| 川崎真理子 | がんばってたりしてて Driving Lazy Lady キスをしなくてよかった"I've been loving you" すきになっただけ"Love is Simple" もっと落ちついて OK "ピースサインができればOK" |
川崎真理子 | oK | 編曲 | ||
| 矢野顕子 | クリームシチュー[15] | 糸井重里/矢野顕子 | Oui Oui | 編曲 | ||
| 大貫妙子 | Wonderland 虹 |
大貫妙子 | note | コーラス | ||
| 吉田美奈子 | ENCOUNTER | 吉田美奈子 | Stable | コーラス | ||
| 矢野顕子&坂本美雨 | くまんばちがとんできた | 糸井重里/矢野顕子 | シングル | 編曲 | クレジットなし | |
| 矢野顕子 | 自転車でおいで | 糸井重里/矢野顕子 | はじめてのやのあきこ | ゲスト・ボーカル | ||
| 鈴木雅之 | ランナウェイ(Brand New Soul Version) | 湯川れい子/井上大輔 | Martini Blend | 編曲 | ||
| HOME MADE 家族 | You'll be alright with 槇原敬之 | クロ,MICRO,U-ICHI/クロ,MICRO | サルビアのつぼみ C/W | コーラス |
[編集] 主な他アーティストによるカバー作品
| 曲名 | オリジナル収録アルバム | アーティスト | 編曲 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| ANSWER | 君が笑うとき君の胸が痛まないように | コブクロ | 『ALL COVERS BEST』 『We Love Mackey』に収録 |
|
| どんなときも。 | 君は誰と幸せなあくびをしますか。 | 綾戸智絵 | 綾戸智絵 | 英語歌詞でのカバー |
| 加藤いづみ | ||||
| スコット・マーフィー | ||||
| 今井ゆうぞう | 加藤実 | カバーアルバム『君と歩いた時間』に収録 | ||
| 杏 (ファッションモデル) | カバーアルバム『LIGHTS』 | |||
| キマグレン | GIRA MUNDO | 『We Love Mackey』に収録 | ||
| くもりガラスの夏 | 君は僕の宝物 | レオン・ライ(黎明) | Richard Yuen | 『歡笑末世紀』のタイトル・広東語歌詞でのカバー |
| もう恋なんてしない | 君は僕の宝物 | SMOOTH ACE | TEAM SMOOTH ACE | |
| AAA | 華原大輔 | |||
| JUJU | 武部聡志 | 『We Love Mackey』に収録 | ||
| 雷が鳴る前に | 君は僕の宝物 | 矢野顕子 | 矢野顕子 | 『Home Girl Journey』に収録 |
| 遠く遠く | 君は僕の宝物 | Soma | Soma | オムニバスアルバム 『Essence of life "love" 』に収録 |
| SOTTE BOSSE | 『innocent view』、 コンピレーション・アルバム 『DRIVIN' J-POP for love & joy』に収録 |
|||
| TRIPLANE | 『リバーシブル』に収録 | |||
| さかいゆう | 『We Love Mackey』に収録 | |||
| EXILE (Vocal:TAKAHIRO, NESMITH, SHOKICHI) | 中野雄太 | アルバム『願いの塔』(Cover Album「EXILE COVER」)に収録 | ||
| 冬がはじまるよ | 君は僕の宝物 | Every Little Thing | Masafumi “Massy”Hayashi(林真史) & Every Little Thing |
槇原がコーラスで参加 |
| かりゆし58 | 『We Love Mackey』に収録 | |||
| 北風 〜君にとどきますように〜 | ※オリジナルアルバム未収録 | miwa | 武部聡志 | 『We Love Mackey』に収録 |
| 彼女の恋人 | SELF PORTRAIT (ALBUM VERSION) |
秦基博 | 『We Love Mackey』に収録 | |
| 雪に願いを | SELF PORTRAIT | クレモンティーヌ | 『雪に願いを〜トゥインクル・トゥインクル』の タイトル・フランス語詞 |
|
| SPY | PHARMACY | 寺西一雄 | 槇原敬之 | シングル『Name Of Love』c/w |
| 一青窈 feat. SOIL &“PIMP” SESSIONS | SOIL &“PIMP” SESSIONS | 『We Love Mackey』に収録 | ||
| 花水木 | PHARMACY | A・cappellers | 小倉博和 | 槇原がコーラス、 シンセ・ベースで参加 |
| 今年の冬 | PHARMACY | 松本英子 | 武部聡志 | 槇原がコーラスで参加 |
| 岩崎宏美 | 青柳誠 | |||
| PENGUIN | UNDERWEAR | 中村中 | 中村中 | 『We Love Mackey』に収録 |
| どうしようもない僕に天使が降りてきた | UNDERWEAR | 藤井フミヤ | 有賀啓雄 | 『We Love Mackey』に収録 |
| うん | UNDERWEAR | ゴスペラーズ | 武部聡志 | 『We Love Mackey』に収録 |
| LOVE LETTER | UNDERWEAR | 河口恭吾 | 佐橋佳幸 | |
| 素直 | Such a Lovely Place (Album Version) |
福原美穂 | 武部聡志 | 『We Love Mackey』に収録 |
| 僕が一番欲しかったもの | EXPLORER | K | 河野圭 | 『We Love Mackey』に収録 |
| 僕の今いる夜は | Personal Soundtracks | 秦基博 | 武部聡志 | 『僕の今いる夜は with 槇原敬之』の タイトル曲。槇原がコーラスで参加 |
| 桜坂 | 君が笑うとき君の胸が痛まないように | ジェロ | 『COVERS 4』に収録 |
他に、『Noriyuki Makihara Songs from L.A.』『Noriyuki Makihara Songs from N.Y.』で「ANSWER」など多数の曲が英語でカバーされている。
[編集] 主なサポートミュージシャン(レコーディングを含む)
[編集] その他参加作品
- レスリー・キー写真集「Super Stars」(2006年)
[編集] 脚注
- ^ スポニチ. “スポニチ タレント名艦” 2008年9月28日..閲覧。
- ^ a b c d ワーズアンドミュージック、槇原敬之. “独自レーベル「Buppu レーベル」設立のお知らせ” 2010年11月30日..閲覧。
- ^ 槇原敬之と7匹の犬、そしてひとつの星。
- ^ a b c 別冊宝島1186号 『音楽誌が書かないJポップ批評38~槇原敬之 マジカル・ヒストリー探検!』(宝島社 2005年8月26日) ISBN 978-4796647861
- ^ 逮捕当時に所属していたソニー・ミュージックエンタテインメントのHPに掲載されている謝罪文
- ^ 日刊スポーツ 1999年9月25日 『覚せい剤取締法違反容疑の罪で起訴されている槙原敬之被告 300万円で保釈』
- ^ CD全商品回収についてのコメント
- ^ 『産経新聞』 1999年9月9日 東京朝刊 「『槙原ソング』駆け込み人気 覚せい剤で逮捕でCD生産中止に」
- ^ 東京地方裁判所. “平成19(ワ)4156 著作権侵害不存在確認等請求事件” 2010年11月30日..閲覧。
- ^ 調理する様子を順を追って写真に収めたものを、2011年1月28日の「はなまるマーケット」のゲストコーナーで公開した
- ^ 当時は同時間帯に放送。
- ^ 木下鉄丸は槇原が初期に楽曲提供の際に使っていたペンネームである
- ^ アルバム『Cicada』初回限定盤付属の8cmシングルCDに収録。
- ^ この曲について松本零士との間で意見の対立する騒動があり、そのためCMソングの放送中止などを受けてしまった。2007年、槇原は松本に対し、著作権侵害不存在確認等請求訴訟を提起し、盗作の証拠が示されなければ、2200万円の損害賠償請求をするとしている。
- ^ JFN『槇原敬之のClose to you』にて一度だけ槇原の歌唱版が流れるが未発売。
[編集] 外部リンク
- 過去に所属したレーベルサイト
-
- エイベックス・エンタテインメントとのアーティスト契約プレスリリース エイベックス・グループ・ホールディングスによる