榴岡公園

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
榴岡公園
Tsutsujigaoka Park
Tutujigaokakouen.JPG
天皇御在位50周年記念広場
所在地
宮城県仙台市宮城野区榴ヶ岡、五輪1丁目、宮城野1丁目
北緯38度15分38.2秒 東経140度53分49.1秒 / 北緯38.260611度 東経140.896972度 / 38.260611; 140.896972座標: 北緯38度15分38.2秒 東経140度53分49.1秒 / 北緯38.260611度 東経140.896972度 / 38.260611; 140.896972
分類 都市公園 > 基幹公園 > 都市基幹公園 > 総合公園
面積 11.2281 ha
前身 (榴ヶ岡):桜の馬場
(五輪):大日本帝国陸軍歩兵第4連隊営 → 連合国軍キャンプ・ファウラー → 東北管区警察学校
開園 1695年元禄8年):桜の馬場
1902年明治35年):榴岡公園
運営者 仙台市
設備・遊具 歴史民俗資料館、市民センター、軽体育館、公園管理事務所、野外音楽堂
噴水四阿、彫像、ベンチ、水飲み場、植栽、照明灯
児童遊具
駐車場 48台(100円/1時間)
バリアフリー バリアフリー公衆トイレ
告示 1902年明治35年)
アクセス JR仙石線榴ヶ岡駅
桜の季節の榴岡公園(2008年4月)

榴岡公園(つつじがおかこうえん)は、仙台市都心部の東側にある撓曲丘陵宮城野撓曲」(みやぎのとうきょく)、すなわち、歌枕「躑躅岡」(つつじがおか)の南西部を占める都市公園

概要[編集]

ツツジ(躑躅)の名所として古くから知られる歌枕「躑躅岡」に17世紀末、仙台藩主・伊達綱村馬場などを開設してサクラ(桜)を植え、四民に開放した。すると当地は「桜の馬場[1]」と称され、サクラの名所となった。

1902年明治35年)にこの「桜の馬場」は県立の「榴ヶ岡公園」として開園する。すると、1875年(明治8年)開園の桜ヶ岡公園仙台市中心部西にあることから「西公園」、当園が中心部のにあることから「東公園」とも呼ばれたが、「西公園」と「榴ヶ岡公園」が各々定着した[2]

西公園がソメイヨシノ(染井吉野)を主とするのに対して、榴岡公園はシダレザクラ(枝垂桜)を主としている。

主な施設[編集]

仙台市歴史民俗資料館

[編集]

2011年4月、東北地方太平洋沖地震後の「がんばろう東北 榴岡のさくら」にて。この花見イベントは一度は中止が決まったが、鎮魂の祈りをこめ、イベント名称の変更、節電のための規模縮小、時間短縮などのもとで行われた[6]

園内には、シダレザクラを中心に約370本の桜が植えられている[6]。シダレザクラの内、元禄年間に伊達綱村により植えられた白色や薄紅の一重咲きのシダレサクラは「仙台枝垂桜」とも呼ばれる[7]。また、八重咲きヤエベニシダレ(八重紅枝垂)は仙台市長の遠藤庸治が普及に努めた品種で、子孫樹が平安神宮などにある。「伊達家の桜」とも言われ、園内に限らず仙台およびその周辺に多く見られる[8]

なお、このヤエベニシダレを母とし、ソメイヨシノを父として、宮城県師範学校の坂庭清一郎が交配させて1900年(明治33年)に誕生したのがセンダイヨシノ(仙台吉野)で、原木が東北大学植物園にある。1997年平成9年)より、宮城県柴田農林高等学校の講師・生徒らが、バイオテクノロジー技術を用いて増やし、1999年(平成11年)に校内や白石川公園に植樹した。

歴史[編集]

1927年昭和2年)頃の仙臺市および近郊地図。地図の30番が步兵第四聯隊營で、現在は「榴岡公園(五輪)」。31番が躑躅岡釋迦堂で、現在は宮城県公文書館。32番が江戸時代の「桜の馬場」で明治からの「榴岡公園(榴ヶ岡)」。

仙台平野では長町-利府断層沿いに東山道街道)が通るが、同道沿いでは律令制初期の陸奥国府と推定される郡山遺跡仙台市太白区長町副都心)が、奈良時代724年神亀元年)に多賀城多賀城市)に移転した。また、740年代には同道沿い東側に陸奥国分寺および陸奥国分尼寺(以上、仙台市若林区)が創建されている。

現・仙台市内の同道沿いには歌枕があり、同道東側の仙台平野が「宮城野」、同道西側にある撓曲丘陵宮城野撓曲が「榴ヶ岡」である。

平安時代末の1189年文治5年)、源頼朝奥州藤原氏藤原泰衡が戦った奥州合戦において、泰衡は同道沿いの鞭楯(宮城野撓曲と推定される)に本陣を置いた。

安土桃山時代末に伊達政宗大崎地方岩出山城から仙台平野に居城を移す際には、街道が通り、周囲が平地で城下町を造り易い宮城野撓曲に平城を建てる案と、周囲が断崖に囲まれる青葉山平山城を造る案などがあったとされる(結局、1601年1月28日慶長5年12月24日)より青葉山に仙台城が建設された)。

1650年慶安3年)、仙台七崎の1つ「玉手崎」の天神社境内に仙台東照宮が造営され、天神社はその境内社とされたが、仙台藩第3代藩主伊達綱宗によって1667年寛文7年)7月25日、宮城野撓曲で最も標高が高い同撓曲南西部に遷宮して榴岡天満宮とした[9]

1695年元禄8年)、仙台藩第4代藩主・伊達綱村が榴岡天満宮の北東の宮城野撓曲上、現在は宮城県公文書館が建っている場所に躑躅岡釈迦堂(つつじがおか しゃかどう)を建立した[10]。このとき、同堂の南側隣接地の宮城野撓曲上(榴岡天満宮の東側隣接地)に馬場的場も設置し[11]シダレザクラマツカエデなど千本余を植栽した。また、「四民遊覧の地」として演劇などの興行も許可され、仙台の公園の発祥となった[12]。当地は現・榴岡公園において住所が「榴ヶ岡」である区域(以下「榴岡公園(榴ヶ岡)」)にあたり、現在も当園の花見の中心区域である。

文化年間(1804年1817年)の大火により桜が焼失している。

明治時代に入ると、1875年明治8年)に歩兵第4連隊が組織され、「榴岡公園(榴ヶ岡)」の東側隣接地の宮城野撓曲上、すなわち、現・榴岡公園において旧町名二十人町通、現住所が五輪1丁目である区域(以下「榴岡公園(五輪)」)に設置された。二十人町通には他に、1896年(明治29年)の陸軍幼年学校条例に基いて仙台陸軍地方幼年学校1924年に廃止。跡地には、1928年商務省工芸指導所、1930年仙台市宮城野高等小学校などが設置された)が設置されるなど、旧仙台城・二の丸(第2師団ほか)と並んで宮城野撓曲周辺には軍事施設が集積した。

1924年(大正13年)には「榴岡公園(榴ヶ岡)」が名勝に指定され、記念として1928年(昭和3年)にサクラ100本が植えられた。

戦後占領期には、歩兵第4連隊跡地の「榴岡公園(五輪)」が進駐軍のキャンプ・ファウラー (Camp Fowler) として使用された。

1947年(昭和22年)施行の(旧)警察法によって国家地方警察仙台警察管区東北6県を管轄)が歩兵第4連隊跡地に仙台管区警察学校を設置。1954年(昭和29年)施行の警察法により同校は東北管区警察学校に改称した[13]1965年(昭和40年)には、二十人町通に住居表示が施行され、「榴岡公園(五輪)」は五輪一丁目の一部となった[14]

1975年(昭和50年)3月に警察学校が旧多賀城海軍工廠(占領期は進駐軍「キャンプ・ローパー」)の跡地の一部である多賀城駐屯地隣接地(多賀城市)に移転した[13]。すると、1977年(昭和52年)の仙台市の市制88周年を記念して、1976年(昭和51年)から同校跡地を当園に組み込んで一体的な公園整備が始められた[15]。このとき、「榴岡公園(榴ヶ岡)」と「榴岡公園(五輪)」の境界を南北に走って両区域を分断していた道路が、市道榴岡公園西線[16]として当園の西縁に移設された。

1989年平成元年)7月28日日本の都市公園100選に指定された。

年表[編集]

歌枕[編集]

主なイベント[編集]

  • 花見(4月中旬頃)人出:約15万人[6]
    • お花見ライブ(於:野外音楽堂)入場無料、期間中の週末4日間程度
    • すずめ踊り(於:榴岡公園内グラウンド)入場無料、期間中の週末2日間程度

その他[編集]

アクセス[編集]

周辺[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 収蔵資料の紹介「榴ヶ岡の公園整備と桜」 (PDF) (宮城県公文書館だより 第15号)
  2. ^ 5(仮称)西公園駅 (PDF) (仙台市「地下鉄東西線の駅と沿線の歴史紹介」
  3. ^ “教育施設復旧に89億円 仙台市補正予算案”. 河北新報. (2011年4月13日). http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110413t11023.htm 2011年4月18日閲覧。 
  4. ^ 仙台の噴水大百科仙台市水道局「仙台の水道」vol.127 2003年6月号)
  5. ^ 仙台市議会だより (PDF) (第129号 平成17年 第2回定例会号 2005年8月発行)
  6. ^ a b c “花見に復興への願いを 仙台・榴岡公園、西公園で開催”. 河北新報. (2011年4月10日). http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110410t15035.htm 2011年4月18日閲覧。 
  7. ^ 杜の都の名木・古木(仙台市)
  8. ^ ヤエベニシダレasahi.comサイエンス)
  9. ^ a b 榴岡天満宮御案内(榴岡天満宮)
  10. ^ a b 宮城県公文書館年報 第5号 平成17年度 (PDF) (宮城県公文書館)
  11. ^ a b 御城下町割絵図宮城県図書館。年代:推定1833年天保4年)) … 地図上には「マトハ」「ハ〱」と書かれている。
  12. ^ a b 百年の杜推進事業の概要 (PDF) (仙台市)
  13. ^ a b 東北管区警察学校東北管区警察局
  14. ^ 宮城野(昭40) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
  15. ^ 第3回仙台市都市景観賞 環境・まちなみ部門「榴岡公園」(仙台市 1991年度)
  16. ^ 仙台市道宮城野1456号・榴岡公園西線
  17. ^ a b 指定史蹟名勝天然紀念物国宝 第11輯(宮城県史蹟名勝天然紀念物調査会 1937年)
  18. ^ 宮城の歴史と文化の源流を訪ねて(仙台地方振興事務所「歌枕で訪ねる仙臺探訪」)
  19. ^ みやぎNPOプラザ(みやぎNPO情報ネット)
  20. ^ 三沢初子の墓など(杜の都 緑の名所100選)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]